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    <「ガッツ石松さんお別れの会」>故・ガッツ石松さんへの想いを語る(左から)浜田氏、具志堅氏、大橋会長 (撮影・西川祐介)
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     今年6月2日、肺炎のため76歳で死去したプロボクシング元WBC世界ライト級王者で俳優、タレントとしても活躍したガッツ石松(本名・鈴木有二)さんの「お別れの会」が2日、午後1時から東京・後楽園ホールで開かれる。

     ガッツさんが現役時代に所属した旧ヨネクラジムの後輩で元WBA、WBC世界ミニマム級王者の大橋秀行・大橋ジム会長(61)がお別れの会の前に取材に応じた。「現役時代は被っていないんですけど、何度もジムに来ていただいて、アドバイスを受けて、それが凄くためになって世界王者になることができたので、心より感謝してます。この場を見ても、いなくなっちゃったのが本当に信じられない」と思い出を語り、「ガッツさんが世界チャンピオンの時、僕は小学生で、中学生の時にバラエティーで活躍していたので、その印象の方が凄く残っているんですけど、ジムに入ると全く違う人で。ボクシングに対してはもの凄く真剣で、真面目で冗談一つ言わない」と明かした。

     大橋会長が日本プロボクシング協会の会長を務めていた際、プロ野球の「名球会」のような団体がボクシング界にも必要とガッツさんに相談して誕生したのが「チャンピオン会」だった。「すぐ動いて立ち上げてくれて今も続いている。本当に石松さんの行動力は凄いと思う」と感謝した。その後も「ボクシングはもっとこうしなきゃダメだとか、放送のあり方とか、貴重な意見をずっといただいた。本当にボクシングのことが最後まで心にあったんだなと。ボクシングを愛していたんだなと思います」と振り返り、「大橋ジムにも何回か来てくれて選手を指導されたり、“これで何か食べさせろ”と凄い大金をくれたり、本当に感謝の気持ちしかありません」と話した。

     大橋会長は1990年2月、ガッツさんもテレビ解説を務めた後楽園ホールで初めて世界チャンピオンとなり、日本人の世界挑戦連続失敗記録を21でストップした。「もの凄く喜んでくれて。俺の教えた“幻の右じゃなかったな”と言われましたけど」と話し、お別れの言葉では「世界戦の前年、共通の知り合いの結婚式で“幻の右を教えてやる”とトイレで延々とシャドーボクシングをやらされた。真冬に1人だけ汗だくになって結婚式に出席してました」て笑いを誘い、「これからボクシング界をガッツ石松さんが望んでいたような世界、未来にしていきたい」と決意を語った。

     お別れの会は、現役時代に所属した旧ヨネクラジムの後輩で元WBC世界ライトフライ級王者・中島成雄氏が発起人代表を務め、ガッツさんが設立した「プロボクシング世界チャンピオン会」、旧ヨネクラジム有志、個人事務所「ガッツエンタープライズ」が共催。男女の新旧世界王者41人が出席するほか、一般ファンも献花する。会場の祭壇には現役時代の写真や赤いカーネーションで作成された“ガッツポーズ”が設置され、リング上には当時のガウン、入場時に話題を集めた三度笠(さんどがさ)と合羽(かっぱ)も展示された。

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