第20回アジア競技大会(アジア大会)は19日に開会式が始まる。アジア各国が代表選手を送り込む「アジア版五輪」の様相を呈するが、年齢制限のあるサッカー男子だけは異色の種目だ。サッカーW杯の常連国は五輪を見据えた21歳以下のメンバーで臨む中、アジア最多出場を誇る韓国だけは年齢制限いっぱいのベストメンバーをそろえ、大会3連覇中。すでに15日の初戦でカタールを下し、好発進した彼らはこの大会にこだわるのか。サッカー元韓国代表の大学教授に聞いた。(デジタル編集部 古和康行)
2023年の杭州アジア大会サッカー男子。優勝し国旗を手にサポーターのスタンドへ向かう韓国代表選手たちアジア大会は「五輪の準備」でも…
研究室の本棚には、色とりどりのユニホームが所狭しとかけられていた。
そのうち、サインが書かれていた韓国代表のユニホームを手に取りながら「これ、
孫興民(ソン・フンミン)
のサインです。アジア大会に出る韓国代表の監督は友達なんですよ」と笑う。専修大学サッカー部の監督にして、同大文学部教授の李
宇韺(ウヨン)
教授だ。
韓国代表の入ったユニホームを紹介してくれる李教授
李教授は韓国出身の元サッカー選手。延世大学在学中に代表に選出され、1996年のアトランタ五輪に出場。その後、当時JFLだった大分トリニティ(現・大分トリニータ)や、韓国・Kリーグの安養LGチータース(現・ソウルFC)でプレーした。
アジア大会サッカー男子は、直近3大会連続で韓国代表が優勝している。その理由を李教授は「ほかの国とはチーム編成が違うからです」と明かす。
アジア大会のサッカー男子は、五輪と同じく23歳以下の選手とオーバーエージ枠(OA枠)3人しか登録できないという年齢制限がある。しかし、日本代表は規定よりさらに若い21歳以下でメンバーを構成している。アジア大会も五輪も4年周期で行われており、基本的には「アジア大会の2年後に五輪」という間隔で両大会が行われる。
そのため、「アジア大会は五輪への準備、と位置づける国が多いです。アジア大会で21歳のメンバーなら、2年後に行われる五輪でも年齢制限をクリアできる。一つの『過程』としてアジア大会を戦うことになる」(李教授)。
一方で、韓国は今大会も年齢制限いっぱいの23歳以下のメンバーを中心に、OA枠も上限まで使ってチームを構成した。一体、なぜ――。李教授は「軍隊」を理由に挙げた。
兵役は「一緒に苦労した思い出」にはなるけれど
韓国には、徴兵制があり、原則として18歳以上の男性に兵役が課される。韓国兵務庁によると、18歳で男性は兵役準備役に編入され、19歳になると「兵役判定検査」を受ける。基本的には、この検査を受けた年か、その翌年には兵務庁によって軍へ入営させられるという。
一方、大学に在学していることなどを理由に入営を延期させることもできるというが、 李教授は「就職活動で提出する書類にも兵役を終えているか否かの記入欄がある。韓国では、大学進学後でも休学をして、早いうちに兵役に行くのが一般的だ」と話す。兵務庁の統計によると、年齢別の入隊内訳(2025年末時点)は、8万6889人のうち、19歳が7391人、20歳が5万553人を占め、約66%が検査直後に入営している。
2023年のアジア大会、サッカー男子決勝。日本は韓国に敗れた
一方、スポーツ選手でも代表チームに選ばれると、入営の延期が認められるが、それでもその期限は27歳まで。李教授は「スポーツ選手にとって、兵役制度は重い。若い頃に兵役を延長して仮にプロで成功したとしても、選手として一番稼げる時期には軍へと行かなければならない」と指摘する。
ただ、この兵役にも「免除」される道がある。スポーツや文化の国際的な大会で優秀な成績を上げると「芸術・体育要員」へと転換され、入営せずに兵役を終えることができるというものだ。体育要員の規定はたびたび変わっているが、現在の仕組みでは「五輪で3位以内」「アジア大会で優勝」のいずれかの要件を満たすと入営が免除される体育要員への転換が認められる。
ところで、「兵役」は韓国人男性にとって、どういうものなのだろうか――。
李教授は、高校卒業後に兵役判定検査を受けたが、腕のけがによって兵役が免除されたという。「銃が持てないと判断されたのでしょう。当時は一度免除されると、再検査が求められることもなかった」と振り返る。「当時は兵役を終わらせていないと、海外でプレーすることはできなかった。兵役が免除されたことによって、大分でプレーすることができました。負い目よりも、むしろラッキーだと感じました」と語る。
韓国でサッカー選手としてのキャリアを重ねることについて語る李教授
李教授は「兵役は韓国人の男性の間では、いつも話題の種です。兵役を語るときの語り口は、日本の部活動のような『一緒に苦労した』という思い出話に近い。そのときに知り合った人とは一生の友達として付き合う人もいる」としつつ、「ただ、義務だから行くのであって、本音ではみんな行きたくないと思います」。記者が「日本人にとっては、兵役は何に近い感覚ですかね?」と聞いてみると、李教授は「税金と同じような感覚だと思います」と語った。
アジア大会は韓国代表にとって「最大のチャンス」
韓国は、2018年のジャカルタ大会に英・プレミアリーグのトットナムでエースとして活躍していた孫興民をオーバーエージ枠で招集。東京五輪を見据えて21歳以下で臨んだ日本代表を決勝で破った。アジア大会の金メダルを獲得したことにより、孫も兵役を免除された。
「他の国ならプレミアリーグで活躍する選手をアジア大会では呼べない。だけど、やっぱり軍隊のことがあるから、クラブとしても兵役をクリアできるなら派遣しようと思うのでしょう」と推し量った。
サッカー・ワールドカップ北中米3か国大会に出場した韓国の孫興民(ソンフンミン)(中央)
大学サッカー部の監督として、この年代を指導する李教授は「次の五輪への準備の過程としてアジア大会を戦う国も多いが、これまでも韓国は23歳以下の選手とOA枠をフルに使うベストメンバーで戦ってきた。21歳と23歳では試合経験に差があり、実力差はある」と実情を語る。
その上で、「韓国サッカー協会としても『アジア大会で優勝』となれば、国民にアピールするきっかけになる。選手も自分のキャリアのために兵役の免除を受けられる最大のチャンス。各国が育成に取り組んでいたとしても、韓国にとっては絶対に落とせない大会なのです」と語る。
監督を務める専修大学サッカー部の戦略について語る李教授
今大会もOA枠をフルに使い、2003年生まれの選手を10人登録した韓国。選手としてのキャリアの大きな転換点に立つ、韓国イレブンが4連覇をつかむか、それを阻む国が出てくるのか――。注目の戦いは始まったばかりだ。
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