国内で男女計約350人。これは、昨年度時点で日本カバディ協会に登録されている選手数だ。47で割ると、1都道府県あたり平均7・4人。名前は広く知られているが、実際の競技者数は国内ではわずかだ。そんなカバディ競技者の間で、話題となった漫画がある。この作品をきっかけにカバディを始めた人も多く、競技人口の増加に一役買ったとされている。愛知県を中心に開催されているアジア競技大会(アジア大会)に出場するカバディ男子日本代表もほぼ全員が読んでおり、半数以上は漫画をきっかけに競技を始めている。(デジタル編集部 瀬戸聡仁)
灼熱カバディ1巻と最終巻の31巻(C)武蔵野創/小学館第二の競技人生が始まるきっかけに
漫画の名前は、「
灼熱(しゃくねつ)
カバディ」。2015~2024年にかけて小学館の漫画雑誌アプリ「マンガワン」で連載され、2021年にはアニメ化もされた。
主人公は、中学時代に全国トップレベルのサッカー選手になったものの、高校に進学してからはスポーツとは無縁の学校生活を送っていた男子生徒。強引な勧誘で「カバディ部」に連れてこられ、嫌々カバディをやるうちにその魅力にのめり込み、次第に才能を開花させて仲間とともに成長していく。熱い試合展開や、それぞれの選手たちの個性も魅力的なストーリーだ。
「作中の、運動能力がある相手にも技術や駆け引きで上回れるという流れがすごく好きでした。あと、主人公に共感できる部分も多かったです。ちょうど自分もラグビーをやっていて、スポーツが嫌いになりかけていた時期でしたから」
灼熱カバディをきっかけに競技を始めた、カバディ男子日本代表の降旗さん(左)(12日、東京都北区で)
灼熱カバディとの出会いをそう振り返るのは、今回のアジア大会で男子日本代表に選ばれた降旗諒選手(28)だ。
元々ラグビーをしていた降旗さんは大学時代、けがで競技を引退。数年後、けがが治った頃に「何か新しいスポーツをしたい」と思って始めたのが、漫画を読んで知っていた「カバディ」だった。「面白そうなスポーツだし、ラグビーをやってきた自分なら、同じコンタクトスポーツのカバディでもすぐに活躍できるかも」と想像していた。
SNS上で活動しているチームを探し、練習に飛び込んだ。実際にやってみると、パワーや俊敏性というフィジカル面はもちろん、ステップのリズム感や柔軟性、そして、漫画で読んだ通りの駆け引きが重要なことに気づかされた。当初の安易な考えは打ち砕かれ、上達しようと練習すればするほど、その魅力にのめり込んでいった。就職で上京した後もカバディを続け、ラグビーで培ったフィジカルを生かし、守備的なポジションで瞬く間に頭角を現した。「最初は『ちょっとやってみたい』程度だったカバディが、だんだんと自分がもう一度人生を懸けたいと思えるような存在になっていました。灼熱カバディは、そのきっかけをくれた作品です」と、感謝の思いを語る。
降旗選手ばかりではない。日本代表12人中、少なくとも6人は、作品をきっかけにカバディを始めたという。
アジア大会に向けて練習するカバディ男子日本代表の選手たち(8月、東京都北区で)目指したのは「カバディと言えばこの漫画」
「バスケットボールで言えば『SLAM DUNK』のように、伝説に残るような漫画にしたかった」
当時の担当編集で、現在はマンガワンの副編集長を務める小林翔さん(40)は、連載開始前の思いを振り返った。
「SLAM DUNK」はバスケットボールを題材にした、スポーツ漫画の金字塔。「バスケを描いた漫画」と聞けば、多くの人が最初に思い浮かべる作品だ。
当時、作者の武蔵野創さんは「スポーツ漫画を描きたい」という思いを持っており、打ち合わせで「これまで題材にされてこなかった新しい競技でやろう」という意見で一致したという。どの競技を描くか、様々なアイデアが出る中、「チーム人数が7人で画面に収まりやすい上、攻守がはっきり分かれていて描きやすく、『格闘漫画』の要素も入れられそう」などという理由でカバディに決まった。また、「知名度はあるけど、競技の様子・ルールは広まっていない。マイナー感がある種の『ネタ』になっていることも理由でした」と小林さんは語る。2人で実際に体験会に参加するなど取材を重ね、1年近い準備を経て連載にこぎ着けた。
「灼熱カバディ」1巻(C)武蔵野創/小学館
連載開始当初は反響も少なく、いつ連載終了が言い渡されてもおかしくない状況だったという。そんな中でも、小林さんと武蔵野さんは冷静に先を見据えていた。「スポーツ漫画の序盤は、基礎練習など地味なシーンが多くなってしまいがち。実際の試合が始まってからが本番だと思っていました」。予想通り、主人公たちの最初の練習試合が始まった10話前後を境に、人気に火が付き始めた。コメント欄への書き込みが増え、狙い通りに固定層のファンも増えていく。当初は「月刊」だった掲載ペースも、翌年に「隔週」、さらに次の年には「週刊」へと変わり、「マンガワン」を代表する看板作品に成長した。
カバディ界の「SLAM DUNK」に
作品をきっかけに日本代表選手が生まれるまでになった灼熱カバディ。小林さんは「まさか、そこまで人を動かすことが出来るとは予想もしていなかった」と驚く。それでも、「こうやって読者に影響を与えられるのは編集者
冥利(みょうり)
につきる」。準備期間を含め10年携わってきただけに、「特に思い入れのある作品」だ。連載終了から2年以上がたった現在でも、小林さんのXアカウントのヘッダー画像は灼熱カバディのままだ。
小林翔さんのXのプロフィール画面。ヘッダー画像には「灼熱カバディ」が使われている
今回のアジア大会でも、もちろん日本の選手たちを応援している。「競技を始めるきっかけは灼熱カバディという人でも、ここに来るまでには苦難もあったと思う。メダルのためにがんばってほしいのはもちろんですが、まずは楽しんでほしい」とエールを送る。
灼熱カバディは、10年の連載期間を経てカバディ競技を取り上げた作品の代名詞とも言える存在になった。「カバディ漫画の最高峰を作れたという自負はあります。これからも、多くの人に愛されてほしい」と小林さん。当初目指した「カバディ界のSLAM DUNK」に、この漫画はなれたようだ。
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