
KeychronやHHKBの回に続いて、今回もデスク周りの話です。ただし切り口が違います。既存の市場でどう戦うかではなく、「市場そのものを作る」という話です。
デスクツアー動画を眺めていると、必ずと言っていいほど登場するアイテムがあります。モニターの上にちょこんと載った、細長いバー型のライト。今や在宅ワーカーの定番装備ですが、あのライト、10年前は世界のどこにも売っていませんでした。
「モニターライト」というジャンルは、2017年に台湾のBenQ(ベンキュー)が発売した世界初のモニターライト「ScreenBar(スクリーンバー)」から始まりました。シリーズの世界累計販売は100万台を突破し、*1 今では他社から無数の類似品が生まれています。*3
照明は100年以上の歴史がある成熟産業です。それなのに、この新しい照明を発明したのは照明の老舗ではなく、モニターのメーカーでした。なぜでしょうか。今回は、誰も気づいていなかった市場を建てる設計図を解剖します。
照明メーカーではなく、モニターメーカーが発見したジョブ
従来のデスクライトは、突き詰めれば「紙を照らす道具」でした。本を読む、ノートに書く。手元の紙面を明るくすることが仕事だったのです。
ところが、この数十年で人の仕事は紙から画面に移りました。画面は自ら光ります。すると問題の構造が逆転します。手元が暗いことではなく、自ら光る画面と暗い周囲との明暗差こそが、目の負担の原因になるのです。BenQ自身、暗い環境ではモニターの輝度と周囲の暗さとのコントラストが視覚的負担や不快感を引き起こすと説明しています。*2 しかも従来のデスクライトを画面の近くに置くと、今度は光が画面に映り込んで、かえって作業の邪魔になる。
つまり顧客が本当に片づけたい用事は「手元を照らしたい」ではなく「画面作業を快適にしたい」に変わっていました。それなのに、デスクライトは「本を読む」前提のまま作られ続けていた。この空白に最初に気づけたのが、照明の老舗ではなくモニターメーカーだったのは、偶然ではないと思います。顧客の仕事が紙から画面に変わったことを、毎日画面を作っている会社だからこそ知っていたのです。
ScreenBarの設計は、この用事に正面から応えています。画面には光を当てず手元だけを照らす非対称光学設計。置き場所は、机の上ではなく「モニターの上」という誰も使っていなかった空間。電源はコンセントではなくUSBから取り、机のスペースもコンセントも奪わない。*1 既存のデスクライトと売場で並んで比較される要素が、ほとんどありません。競合との戦いを挑んだのではなく、競合が存在しない場所に市場を建てたのです。
項目
従来のデスクライト
ScreenBar
光の目的
本を読むための光
画面作業のための光
置き場所
机の上に置く
モニターの上に載せる
電源
コンセントから給電
USBから給電
認知の経路
広告で認知を取る
デスクツアーで語られる

デスクツアー文化が広め、カテゴリー創造者だけが第一想起を得た
ScreenBarが広まった経路も、従来の照明とは違いました。テレビCMや大型広告ではなく、在宅勤務の定着とともに生まれた「デスクツアー」という文化です。
リモートワークで机が一日の大半を過ごす場所になると、デスク環境は単なる作業場から自己表現の対象に変わりました。自慢の机をYouTubeやSNSで披露するデスクツアーが一つのジャンルになり、こだわりのキーボードやモニターアームと並んで、モニターライトが定番アイテムとして語られるようになったのです。*3
ここには面白い逆説があります。ScreenBarは、存在感を消すミニマルなデザインの道具です。それなのに、「見せる文化」の定番になった。理由を考えると、デスクツアーで披露されているのは製品そのものではなく、「作業環境にここまで気を配っている自分」だからでしょう。画面に映り込まない光、コードが散らからないUSB給電、モニター上の省スペース。目立たない道具こそが、環境への配慮の証明として最も雄弁だったのです。
市場が育てば、当然、類似品が押し寄せます。今ではAmazonなどの通販サイトに、Quntisをはじめとする中国系メーカーの製品や1万円を切る価格帯の製品など、類似のモニターライトが無数に並んでいます。*3 それでもBenQは価格で追いかけず、2024年発売の上位モデル「ScreenBar Pro」や、2万円台後半という価格帯の間接照明付き「Halo 2」など、プレミアム帯を守り続けています。*3 *4 さらにノートPC向けの「LaptopBar」や学習用ライト「MindDuo」など、「画面と目の快適さ」という同じ軸で隣接カテゴリーにも展開しています。*1
安い類似品に囲まれてもプレミアムが成り立つ理由は、第一想起にあります。カテゴリーを作った者は、カテゴリー名と一緒に名前を覚えられます。「モニターライトといえばScreenBar」という結びつきは、後発がいくら価格を下げても手に入りません。実際、比較メディアでもBenQは「モニターライトのパイオニア」として紹介され続けています。*3 市場を作ることの最大の報酬は、初期の売上ではなく、この指名される位置なのです。

競合がいない場所は、まだ名前のついていない不満の中にある
ScreenBarの事例が新人マーケターに教えてくれるのは、「競合がいない場所は、まだ名前のついていない不満の中にある」という視点です。
2017年より前、「モニターライトが欲しい」と言う顧客はいませんでした。存在しないものは要望として言葉になりません。あったのは「夜のPC作業はなんとなく目が疲れる」「デスクライトをつけると画面に映り込む」という、名前のない小さな不満だけです。市場調査のアンケートには決して現れない、この種の不満こそが、新しいカテゴリーの原石になります。
探し方のヒントは2つあります。ひとつめは「自社の製品が前提にしている顧客の行動が、すでに変わっていないか」を疑うこと。デスクライトは「人は紙を読む」という前提の上に作られ続け、その前提だけが静かに崩れていました。あなたの業界の製品は、何年前の顧客の行動を前提に設計されているでしょうか。
ふたつめは「顧客の机・部屋・時間の中に、誰も使っていない空間がないか」を探すこと。ScreenBarにとってのモニター上部のように、物理的な空間だけでなく、顧客の一日の中の手つかずの時間帯、生活動線の中の見過ごされた場面も含めてです。競合ひしめく場所で戦う前に、まだ誰の陣地でもない空白を探す。カテゴリーを作った者だけが、のちに「代名詞」という最大の資産を手にできるのですから。

【本記事のまとめ】
1. 照明メーカーではなく、モニターメーカーが発見したジョブ
従来のデスクライトは「紙を照らす」前提で作られ続けたが、仕事は紙から画面に移り、自ら光る画面と暗い周囲の明暗差が目の負担の原因に変わっていた。顧客の用事は「手元を照らしたい」から「画面作業を快適にしたい」へ。毎日画面を作っている会社だからこの変化に気づけた。画面に映り込まない非対称光学・モニター上という誰も使っていなかった空間・USB給電という設計で、既存製品と競合しない場所に市場を建てた。
2. デスクツアー文化が広め、カテゴリー創造者だけが第一想起を得た
在宅勤務の定着でデスク環境が自己表現の対象になり、デスクツアー文化がScreenBarを定番として広めた。存在感を消すミニマルな道具が「見せる文化」の定番になったのは、披露されているのが製品ではなく「環境に気を配る自分」だからだ。安価な類似品が溢れても、BenQはプレミアム帯を守り、上位モデルと隣接カテゴリーへ展開。「モニターライトといえばScreenBar」という第一想起は、後発が価格を下げても手に入らない。
3. 競合がいない場所は、まだ名前のついていない不満の中にある
存在しないものは要望として言葉にならない。アンケートに現れない名前のない不満こそが新カテゴリーの原石だ。「自社製品が前提にしている顧客の行動がすでに変わっていないか」「顧客の机・部屋・時間の中に誰も使っていない空間がないか」。この2つの問いから探してみよう。
よくある質問(FAQ)
「名前のない不満」は、どうやって見つければいいのですか?
アンケートで「欲しいものは何ですか」と聞いても出てきません。存在しないものを人は要望できないからです。有効なのは、顧客の行動の観察です。顧客が製品を本来と違う使い方をしていないか、何かを我慢しながら使っていないか、作業の前後に面倒な準備や後始末をしていないか。デスクライトの角度を何度も調整する、画面の映り込みを避けて位置をずらす、そうした小さな工夫の一つひとつが、言葉になっていない不満の証拠です。「不便そうにしている瞬間」を探すことが、「欲しいものを聞く」ことよりも新カテゴリーの発見につながります。
新カテゴリーを作っても、大手や安価な類似品にすぐ追いつかれませんか?
追いつかれます。市場が有望であるほど参入は必ず起きるので、模倣を防ぐことではなく、模倣されても残る資産を先に築くことが重要です。その代表が第一想起(カテゴリー名と一緒に自社名が思い出される位置)です。カテゴリーの誕生を語るとき、メディアも顧客も必ず創造者の名前に触れます。この「物語の主役」の座は後発には構造的に手に入りません。加えて、先行者は顧客の声を最も早く蓄積できるため、上位モデルや隣接カテゴリーへの展開でも一歩先を歩けます。価格で追わず、カテゴリーの基準を作る側に回り続けることが、追いつかれた後の戦い方です。
自社には新製品を開発する予算も権限もありません。この視点をどう活かせますか?
カテゴリー創造は、製品開発だけの話ではありません。既存の商品でも「何のための商品か」という定義を変えれば、新しい棚を作れます。売り方の次元でも応用できます。顧客の生活の中の「誰も使っていない時間帯や場面」に既存商品を持ち込む提案、名前のない不満に名前をつけて訴求するコピー、これらは予算がなくても企画書一枚から始められます。まずは自社の顧客が商品をどう使い、どこで小さな我慢をしているかを観察して記録することです。名前のない不満のリストは、いつか製品開発の権限を持ったときの、最も価値のある資産になります。
【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
/ 著書(amazon)
