灰色の海を漂い、スコットランドの冷たい孤島セントアメリアに漂着した男、サイモン。「助けてほしい」「状況を正してほしい」と懇願する謎の声だけを頼りに、彼は深い霧と静寂に閉ざされた小さな町に踏み入れていく。サイモンは何者なのか? 声の主は誰なのか? そして町では何が起きているのか?
『SILENT HILL: Townfall』は、このような不穏かつ不可解ともいえる描写で幕を開ける。
筆者はゲーム起動時のデフォルト設定(戦闘の難易度は「ノーマル」、謎解きは「ヒントあり」)でプレイしたが、それでも本作のステルスは厳しく、謎解きも非常に難しい。筆者は、序盤こそ、このストイックさの真価がわからなかったが、途中から「ハードコア・ステルス・ホラーアドベンチャーゲーム」という、新しいジャンルを遊んでいるかのような、鈍い感動を覚えるようになった。そして物語においても、『SILENT HILL 2』に通じる要素をもちながら、うまく拡張している。総合的に見て、本作はシリーズの新境地を開拓している印象をもった。
クリーチャーの行動設計の明瞭さ、リソース管理のバランス、先の読めない興味深いストーリー展開によって、本作の難度の高さは、それを乗り越えたときに達成感と喜びを感じさせる。『SILENT HILL 2』『SILENT HILL f』に続き、シリーズ新作は、またしても「傑作」と評してもよい出来栄えである。しかし本作には冷静に検証すべき課題が3つあり、ひとつは全編にわたるもの、もうひとつは事後的に欠点に感じたもの、もうひとつは終盤につれて強く感じるようになったものである。本稿ではそれらも述べていこう。
筆者の1周目のクリア時間は20時間ほどかかった。開発者の想定は長くても14時間程度とされているため、それよりかは時間がかかったほうだ。ただ、これは筆者が戦闘や謎解きにてこずったことに加え、キャラクターや状況を整理するために手元でメモを取って進めた事情もある。
なお、その後、筆者はNew Game+もクリアしており、2つの隠しエンディングにも到達した。しかし本稿は、筆者の以前に記した『SILENT HILL 2』のレビューのときと同じく、1周目クリア時の印象に基づくことを明言しておきたい。これは周回することが物語全体の理解として大きな意味のあった『SILENT HILL f』と違い、本作のマルチエンディングは、『SILENT HILL 2』の立ち位置に近いためである。
霧が立ち込める港町セントアメリア、裏世界に張り巡らされた「鉄の配管」

本作の開発を手がけたのは、『Stories Untold』や『Observation』という特異なアドベンチャーゲームで定評があるスタジオ、Screen Burnである。
スタジオの創業者であり、ライター/ディレクターとして本作を主導しているジョン・マッケランは、同社の作品群を主導してきた人物である。彼が生み出した『Stories Untold』と『Observation』は、マニュアルを参照しながら無骨な機械を操作させるギミックとともに、不可解な状況を提示するスリラーを持ち味としている。
また同スタジオは、フォトリアルなグラフィックだけでなく、90年代のインダストリアルデザインの質感を特徴としている。レトロなハードウェアの機能美、繊維やプラスチックのざらつき、経年劣化した素材の表面など、触感を刺激する物質性の表現力に秀でている。『SILENT HILL: Townfall』もまた、こうした作家性、スタジオの得意分野の延長線上にある。
こうした物質的な質感の表現は、本作の舞台である港町セントアメリアにも色濃く表れている。1996年というインターネットが普及する以前の時代のもと、旧式のアナログ機器などが放つ生活感が、素朴な情景を形作っている。こうした過去の手触りが、無人と霧の寂寥感をより一層引き出している。

そして裏世界は、血のようなべったりした黒い何かと錆が強調されているように感じた。これは旧シリーズのファンであればうれしいビジュアルといえるが、本作では鉄格子や金網の代わりに、無数の「鉄の配管」で裏世界が表現されており、そこに『Stories Untold』でも用いられていた赤や青のコントラストのあるライティングが加わっている。これらはストーリー上の意味があるものとして機能しており、シリーズの文法とスタジオの美学がうまくブレンドされているといえるだろう。
「途方に暮れさせる」体験、断片的な情報が断片のまま厚みだけが増す
さて、冒頭に記したように本作の不可解さは、従来の「SILENT HILL」シリーズと比較しても際立っている。
『SILENT HILL 2』では、亡き妻の手紙で主人公はサイレントヒルを訪れた。『SILENT HILL 4: The Room』では、主人公は自室から出られなくなった。これらもかなり不可解な始まりであったが、本作の主人公サイモンは島に「漂着」したのである。「漂着」とはなんなのか? プレイヤーはまったくの手探りから始まる。そして「漂着」した以上、主人公に町に訪れる動機はない。なぜここにいるのかすらわからない以上、プレイヤーは途方に暮れるしかない。だが、興味深いことにサイモンもまた事態に対して、プレイヤーと同じく途方に暮れている。

前述したように、本作はステルスや謎解きがデフォルト設定でも難度が高い。ときに筆者はそれらの障害に対して、途方に暮れるしかなかった。つまり本作はホラーゲームの常套的な「恐怖」「怯え」「不安」という感情とともに、「途方に暮れさせる」体験を提供しているといえる。
序盤は不可解さが極まっているため、プレイヤーは、断片的に提示される手がかりをもとに考察を頭で巡らせながら進むことになるだろう。ゲームが進行するにつれ、物語の重要な存在――サイモン、ゾーイ、セントアメリアの過去、C.E.G.――といったディテールが次第にわかってくるわけだが、ひとつひとつの輪郭が鮮明になろうとも、それらがどうつながるのかという、核心的なところがまるで見えてこない。つまり断片的な情報が、徐々につながっていくというより、断片性が維持されたまま、厚みだけが増してくる。これらの全体がわかってくるのは、物語最終盤であり、ストーリーの予想はいい意味で裏切られた。

なお筆者は日本語ボイスでプレイしたが、キャラクターの表情や演技陣にも触れておきたい。前述した「サイモン」の途方に暮れている佇まいは、ジョバン・アデポの表情と、日本語吹き替えを担当した安元洋貴の抑えたトーンによって、見事に具現化されている。「ゾーイ」のしかめっ面も忘れがたいが、これらのキャラクター以上に強く印象に残ったのが、テリー・オクィンと大塚明夫が演じる「リチャード」である。本作の登場人物のなかでも際立ったキャラクターであり、大塚明夫の円熟した声色は、その魅力を巧みに引き出している。筆者にとって大塚明夫の名演もあり、本作でもっとも忘れがたいキャラクターとなった。
特別な能力を持たない、非力の人間が挑むステルス
伝統的に多くのステルスゲームは、主人公が単独で状況を打開できる並外れた能力を持っている。「METAL GEAR」「スプリンターセル」「アサシン クリード」の主人公は軍事スキルや暗殺術を習得したプロフェッショナルだ。一人称視点の『Dishonored』に至っては、超常的な能力を駆使する。
他方で、本作のサイモンは、特別な訓練などは受けていない非力な一般人だ。クリーチャーから3発程度の攻撃を受ければ死んでしまい、しゃがんで遮蔽物に隠れていても、敵との距離が近いと簡単に発見されてしまう。そのためプレイヤーに求められるのは、まず敵と距離を保つことである。先に進むためにできるのは、耐久値がある木材で戦うか、数少ない銃弾に頼るか、おびき寄せて逃げてやり過ごすか、などで、ギリギリの応戦に迫られることになる。
本作のステルスのコアな仕組みは、たとえば他の作品のように能力が開花したり、敵を自在に誘導できる便利なアイテムや殺傷力の高い装備が手に入ることではない。もちろん強力な武器が手に入る側面はあるにはあるが、根本的な解決策は、プレイヤー側の上達にある。これを支えているのは、敵の行動パターンが、クリーチャーの種類によって差別化されており、明瞭だということである。

たとえば拘束具のようなものを着けているクリーチャー「ランジャー」は、広い範囲を走って徘徊している。この敵は、近接武器でその攻撃を防御すれば、うまく対応して倒すことができる。しかし厄介なのは、戦わずに避けようとしたときだ。徘徊パターンを見極めること自体が難しいうえに、動きが速く、いつのまにか距離を詰められていることも多い。しかも逃げようとしても、主人公の走る速度と同じか、それ以上の速さで追いかけてくるので、振り切るのは容易ではない。
他方で、動きは遅いものの、胸を開いて注射針を放つ、遠距離攻撃型のクリーチャー「ソロウフル」もいる。このクリーチャーは、厄介なことに近接武器で応戦しても、仰け反ることが少ないため、必ずといっていいほどカウンター攻撃を受けてしまう。そのため銃で応戦するのが最善となるわけだが、銃の発砲音で他のクリーチャーをおびき寄せてしまうかもしれない。また発見された場合、急いで逃げたとしても遠距離攻撃を一度は受けてしまうことだろう。

つまるところ、本作は近接武器や銃などは頼りになるが、複数の敵がいた場合、デメリットも大きい。しかも近接武器には耐久値の概念があるうえ、遠距離武器も弾薬は少ない。敵によって使い分けを見極める必要があるため、温存もしておきたい。そのため多くの場合の最適解としては、敵に立ち向かうというより、そもそも見つからないことであり、そのために最大限の努力をすることになる。
なお告白すると、筆者は発売前の試遊の段階で、本作のステルスのおもしろさを掴みきれていなかった。それは序盤の敵の数が少なく、マップの空間にも比較的ゆとりがあるため、敵の横を走り抜けてしまえば、たいていの状況を切り抜けられると考えたからだ。つまり序盤では、ステルスを行う優先度やメリットがそれほど高くないように思えた。しかし序盤を越えると、状況は一変する。敵の数が増え、間をすり抜けていくような逃げ道もなくなるため、走り抜けるのが困難になった。この段階になると屋内では物陰から物陰へと慎重に進み、屋内では部屋から部屋へと素早く移動することを余儀なくされる。サイモンは「METAL GEAR」のスネークのようにうまく遮蔽物に隠れることはできない。せいぜい距離をとって隠れるしかできない、つまり普通の人間なのである。

そのサイモンにとって頼もしい存在になるのが、「CRTV」という手持ちのアナログテレビである。シリーズ伝統のラジオを再解釈しており、敵が近くにいるとノイズ音がわずかに鳴る。(PS5版だと)L1ボタンを長押しでCRTVを取り出すと、壁越しに敵の位置を捕捉することができる。複数の敵を捕捉したあとは、方向キーで対象を切り替えることができる。
L1を押し続けながら、方向キーを操作するのは、はっきりいって身体的にかなり窮屈である。しかもCRTVで敵影が映っている先に敵がいるのではなく、CRTVを見ているサイモンの視点の真ん中(画面中央)に敵がいるのである。実のところ最初は、この操作スタイルやゲームメカニクスは当初は設計のミスと感じたものだが、今では、サイモンの焦燥感とシンクロしており、良い経験だったと感じている。
「テキスト解釈」に加えて「図像解釈」という難解なパズル
ステルスと並んで、本作の手応えを決定づけているのが、謎解きの難しさだ。
昨今のシリーズはともかく、PS2時代の「SILENT HILL」シリーズのパズルは、局所的には難しかった記憶がある。PS2時代のシリーズの謎解きは、「詩」と「アイテムの図像」の対応関係を推理するテキストを解釈する謎解きだった。このアプローチは最近の『SILENT HILL f』にも受け継がれていたことは、記憶に新しい。本作にも「テキスト解釈」の謎解きは健在だが、デフォルト設定である「ヒントあり」だと、特定の文字が赤色で表示されているため、あまり考えなくてよい仕様になっている。

その代わり本作には、Screen Burnおなじみの、「マニュアルを参照する謎解き」と、特定の記号(マーク)や図像(絵画やビデオ)そのものを解釈する、「図像/記号解釈」の謎解きが加わっている。つまりテキストとの対応関係だけでなく、図像や記号が「それが何を表しているのか」を解釈しなければならない。これはほとんどノーヒントに近い状態なので、かなり歯ごたえがあるものになっており、プレイしていて何度か途方に暮れることがあった。
とはいえ筆者はこの難しさを欠点だとは考えていない。Screen Burnの持ち味でもある、機械がうまく作動した瞬間に、ピースが噛み合うような達成感を味わわせてくれるからだ。繰り返すように筆者はデフォルト設定の「ヒントあり」でプレイしているが、アドベンチャーゲームの謎解きを好むプレイヤーであれば、あえて「ヒントなし」に設定してのプレイも、十分におすすめできる。
『SILENT HILL 2』のもうひとつの系譜として『SILENT HILL: Townfall』
本作が物語の水準において、「SILENT HILL」シリーズにおいて、どのような達成を成し遂げたのか述べてみよう。
周知のとおり、『SILENT HILL 2』において、サイレントヒルという町は、ジェイムスの心象風景と(ローラという存在がいることから)現実のふたつが重なり合っていた、と解釈ができる。ここで重要なのが、町を通して罪と向かい合っていたのはジェイムスだけではなく、他のキャラクター、アンジェラやエディもまたそれぞれジェイムスとは独立した形で、それぞれのトラウマと向き合っていたということである。
『SILENT HILL 2』のサイコロジカルホラーに通じる要素を持っていた『SILENT HILL: HOMECOMING』や『SILENT HILL : DOWNPOUR』、そして『SILENT HILL ZERO』はどちらかというと、ジェイムスの構造だけの系譜を受け継いでいた。アンジェラやエディが担っていた構造は、いつしか忘れ去られていたように思える。

他方で、本作は『SILENT HILL 2』が持っていた、罪の多角的な構造を再評価している側面がある。ただし決定的に異なるのは、アンジェラとエディのトラウマがジェイムスとは無関係な、それぞれ独立したものであったのに対して、本作においては複数の人物が向き合っているものは、大きな背景を共有していることである。
思えば、初代『SILENT HILL』は、カルト教団の実母に犠牲になったアレッサなど、現代の視点からは「宗教二世」の問題として解釈しうるなど、もともと社会的な射程をもっているシリーズだった。近年の『SILENT HILL: The Short Message』が若者の孤立という現代的な問題を扱い、『SILENT HILL f』もまた、特定の時代に根差した構造的な恐怖を描いていた。そのうえで本作が描いているのは、資本主義を背景に『SILENT HILL 2』的な「罪と罰」の構造が交錯するというものである。
こうした物語背景は、クリーチャーデザインにも秀逸な形で落とし込まれている。たとえば中盤以降に登場する「ウィドウ」を倒し、暗闇でよく見えなかったそのクリーチャーが腰に身に着けている装飾品をじっくり見たとき、彼らが何者であったのかを察し、筆者は戦慄を覚えた。
課題点1:「環境テキスト」におけるローカライズの限界
では最後に課題点についても述べていきたい。
しかしその前に、筆者はここまで「ストーリーの不可解さ」「高易度のステルス」「高難度の謎解き」を評価すべきポイントとして記述してきた。これらが一体となったのが、冒頭に記した「ハードコア・ステルス・ホラーアドベンチャーゲーム」という感触である。ただし、もしかするとこれらは尖った仕様ゆえに、人によっては好みが分かれる可能性があることは強調しておきたい。筆者の主観として、これらを楽しんでおり、本作の美点として受け取っているが、誰もがそう受け取るとは限らないのだ。
そのうえで明白な課題点として指摘しておきたいのが、ローカライズである。本作の日本語吹替のボイスが優秀な点はすでに触れたとおりだ。またメインストーリーと謎解きに関わるテキストは、しっかりと日本語になっており、訳そのものにも問題はなく、プレイに支障はない。

しかしセントアメリアには、看板やポスター、チラシ、レポートなど、膨大な量の英語テキストがあり、町の日常、人々の混乱などを伝えるという、大事な役割を担っている。これらはメインストーリーには絡んでこない「環境テキスト」といえるものだが、残念ながら、日本語で表示されるものは基本的にストーリーに関係するものがほとんどだ。
たとえば入手できるある用紙には、英語テキストに横線で消されている文章があり、これが日本語テキストでは「判読不能」と出る。しかし原文の英語を読めば、「スティーブが発電機からの停電によって問題を抱えている」「改修は進行中」など、実際には判読が可能であるし、多くの情報が含まれている。英語さえ読めれば問題はないものの、日本語ローカライズではこれらが完全にスポイルされている。
本作は町そのものがストーリーを語る作品である。『SILENT HILL f』が主人公の手帳や膨大なアーカイブなど、アクションゲームと「読む」体験の両方を成立させていたが、本作の場合、「環境テキスト」の多くが日本語になっていないことは、体験として大きい損失と言わざるを得ないだろう。
課題点2:蘇生システム「輸液」のジレンマ
本作には、「輸液入りバッグ」というアイテムが存在する。これを装備しておくと、敵の攻撃などで死亡した際に、体力をある程度、回復した状態で復活することができる。
結論から言えば、筆者はこのアイテムを積極的に活用することはできなかった。まずゲーム中に「輸液」がどれほど手に入るアイテムなのかがわからない。また来たるべきボス戦などで活用すべきではないかという意識も働き、温存してしまった。
それに死亡後の「コンテニュ―」でやり直せば、死亡するまでに消費した弾薬を節約できる可能性があるし、「輸液入りバッグ」では蘇生モーションも長いため、蘇生のメリットが小さいのだ。セーブポイントが遠い場所においては恩恵を感じるかもしれないが、それがわかるのはたいてい事後である。
『SILENT HILL: Townfall』は、さまざまなメカニクスや謎解きがストーリーと結びついている。輸液もまた同様に、サイモンの手の甲にチューブがあることは物語的に意味があるものだが、プレイ上のデメリットが先行し、プレイヤーに積極的に使わせるメカニクスとして機能していないように思えた。
基本的な回復アイテムである「ガーゼ」や、攻撃手段となる銃弾などの効果や出現する量などの、リソース管理のバランスは適切だと感じている。一方で、ステルス、応戦、逃亡への失敗したことに対する救済措置である「輸液入りバッグ」は、本作の敵を切り抜けた達成感や体験性をやや損なうアイテムのように思えた。失敗という結果を強引に覆してしまうことは、プレイヤーがルートを探り、リソースをやりくりして試行錯誤するという努力に水を差しているように思えるのだ。
課題点3:感情描写にまで及んでしまっている、抑制された美学
本作は、プレイヤーの認識が覆されるサプライズがあるものの、それに関連する演出はかなり控え目だ。全体的に本作は、地味目で渋い作品なのである。
これは周回ごとに、プレイヤーの認識を揺さぶり、それをカットシーンで劇的に演出する『SILENT HILL f』と比較すると対照的だ。筆者は、『SILENT HILL: Townfall』は、現実の出来事をモデルにしている可能性があると考えている。本作の抑制的な演出は、テーマの重さを踏まえたうえでの、Screen Burnが倫理的な背景から選択したのかもしれない。
しかし、この抑制的な演出がサイモンの感情描写にまで及んでいる点に、やはり物足りなさを覚えるのも事実だ。当初途方に暮れていたサイモンが真実を目の当たりにしてもなお、感情を強く表に出さない(あるいはそれがはっきりと画面で描かれない)ことには違和感を覚える。
そもそもステージの構成やパズルを通して、物語や主人公の感情を描くことはシリーズが持っている優れた美学だ。本作もまた終盤のパズルが続くシークエンスは、その難解さを含めて、サイモンの感情と連動しているのは確かである。
それを踏まえてもなお、このシークエンスには別の問題が生じている。本作は序盤こそセントアメリアの開けたステージがあるが、終盤のシークエンスは暗く狭いステージが続く。特に最終盤は本当に暗い。この息苦しさはサイコロジカルホラーとして妥当性をもつが、そうした単調な環境で難解なパズルとシビアなステルスが続くと、単純に疲弊してくるのが正直なところである。

さらにこのシークエンスでは、パズルの結果に関して、サイモンのリアクションが強調されないことは、ドラマにおいて極めて重要であるがゆえに、不満が残る。
たとえば一人称視点のまま、台詞とともに手の震えなどで感情を描写すれば、また違った印象を抱いていただろう。またその直後に出てくる、さまざまな声が響くシーンにおいても、サイモンがそれを聞いて何を思ったのかという、リアクションがほしかったところである。
同様の手法は『SILENT HILL 2』でも使われていたが、声の主は特定の人物であり、ジェイムスがその相手に執着していたからこそ、シンプルな演出でも成立していた。しかし本作はそうではない。サイモン個人の情念ではないため、声に依存するだけでは描写の弱さがどうしても出てしまっている。
繰り返すが、個人的な心象を超えた本作は、シリーズの新境地を開拓した作品である。しかしその背景で起こった出来事で翻弄された、ひとりのキャラクターをより際立つ形で描いていれば、本作は『SILENT HILL 2』と肉薄する作品になっていたように思えてならない。
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『SILENT HILL 2』に通じる要素をもちつつも、ゲームメカニクス、そしてストーリーの水準においても積極的に新しいアプローチを採用しており、その総体として「シリーズの新境地」を切り開くに至っている。それは厳しいステルスと、難解な謎解き、不可解なストーリー、そしてそれらをもってプレイヤーを主人公サイモン同様に「途方に暮れさせる」体験だ。さらに物語においては『SILENT HILL 2』を想起させる構造をもちながら、その構造を資本主義的なシステムの領域まで広げており、それらが個人のドラマと結びついて「罪と罰」の構造として交錯していく。他方で、環境にちりばめられたテキストのローカライズや、主人公の感情描写には課題が残るようにも感じた。しかし霧の孤島で息をひそめ、謎解きを試みることは、忘れがたい体験となっている。
