2026年9月
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    ■柔らかく、手描き感あふれるアニメーション

    ──藤本先生、久野さんが担当されたアニメーションパートの感想をお聞かせください。

    藤本タツキ先生(以下、藤本) あのアニメーションパートだけ観ても感動しましたし、きっとご覧になる皆さんも泣いてしまうと思います。前後の文脈を知らなくても伝わる素晴らしい映像で、海のシーンからは「京本は『シャークキック』に参加できたら、ああいうシーンが描きたかったのかな」と想像できます。

    僕は映画本編では地元が映るたびに落ち着かなかったのですが、アニメーションパートも「ああ…久野さんの絵だ、すごいなぁ!」と、同じように映画に没頭することができませんでした。

     

     

    ──久野さんが実写映画『ルックバック』に関わられた経緯をお聞かせください。

    久野遥子さん(以下、久野) 是枝(裕和)さんは以前、私が『化け猫あんずちゃん』でカンヌ国際映画祭の「監督週間」に出品した年に、ちょうどコンペティション部門の審査員をされていて、そこから知っていただいたんです。どのような理由でかはわかりませんが、是枝さんからお声がけいただきました。

    アニメーションパートについては是枝さんの絵コンテがあって、夕日の電車のシーンとか螺旋状の通路とか、人魚姿で海を泳ぐ藤野たちとか、具体的なイメージをお持ちでしたね。実写から切り替わる部分は特に丁寧に描かれていました。それを実際のアニメーションでどう表現するか、こちらでも絵コンテを描いて詰めていきました。

    あとは作中で京本が男鹿和雄さんの絵に憧れているということで、同じくジブリ作品で活躍されて、素晴らしい絵を描かれる西川洋一さんに美術監督をお願いしました。西川さんの美術に合わせつつ、手描きの味が出て、実写と切り替わっても「誰?」とならないバランスになるようにキャラクターも調整しました。あくまでアニメーションは本編全体の一部なので、そこだけ浮かないように気をつけていましたね。

    藤本 僕は久野さんが参加された『花とアリス殺人事件』が大好きなんです。作中でCGから久野さんのアニメーションに切り替わると、それまでCGで描かれていた人物がすごく柔らかい、生きた人間になって驚きました。

    赤ちゃんのロトスコープ作品(Cuushe「Spread」のMV)もすごく柔らかな表現で、しかも赤ちゃんが途中から犬になったり蟹になったり自由で。僕はロトスコープで絵が柔らかくなるとは思っていなかったから、すごく応用的な使い方をされているのかな、と。こんな魅力的なロトスコープ作品はないといつも驚いています。

     

    ──久野さんがロトスコープを使う意図をお聞かせください。

    久野 実はロトスコープについては、自分単独の作品では先ほどのMVくらいで、実写の監督さんと組んだ場合にしか使っていないんですよ。使う理由としては、実写の役者さんのお芝居や生きている感じに魅力を感じているからです。映像を正確に作るためというよりは、役者さんの存在感を際立たせるために使っています。

    だから絵としては結構、嘘をついています。正しさにこだわって硬さが出てしまったら、それは芝居の魅力を損なうことになるので。邪道と言えば邪道ですが、ロトスコープでは生身の人間の愛おしさとか、自分が好きな柔らかさを出していきたいんです。

    今回の『ルックバック』も実写作品の一部としてオファーをいただいたので、ロトスコープ用の映像を撮っていただく際には役者さんのお芝居はもちろん、映画本編と同じようにライティングまで設定してもらえたのでとても贅沢でした。

    藤本 今作ではすごくたくさんの色を使って大変そうでした。あの色彩もご自分で考えられるのですか?

    久野 美術の西川さんが先にカラーボードを出してくださるので、それをベースに人物の色を考えつつ、手描きのニュアンスを強く出そうとしました。デジタル塗りのアニメ路線も考えたのですが、是枝さんにそれよりは水彩や色鉛筆のニュアンスを大切にしたいと。

    あとは藤本さんらしいキャラの顔の要素、例えば涙袋の感じを色鉛筆で入れたりして、実写の役者さんと藤本さんの絵の中間点がないか探りました。ここまで観てきた人が違和感を覚えず、その上でちょっとだけ藤本さんの味が出ないかな、と。

     

     

    ──制作で『ルックバック』ならではの挑戦はありましたか?

    久野 やはり手描き感ですね。西川さんの手描きの美術が素晴らしいので、人物も手間をかけました。まずはデジタルで線画を描いて紙に出力して、シンエイ動画のスタッフ10人くらいで手分けして、色鉛筆で線を引いたり絵の具で色を塗ったりしました。動画1枚1枚をアナログで塗ることは普段はなかなかできないのですが、今回は短いパートに対して作業期間をかなりいただけたので、贅沢な時間の使い方ができました。

    藤本 今回の絵の雰囲気って、久野さんが以前作ったベレー帽を被った女の子のPV(「東アジア文化都市2019豊島」プロモーション映像)にも重なりますよね。全体的なアナログ感というか、筆跡が見える感じがすごい好きでした。まさか『ルックバック』でもやっていただけるとは。嬉しかったです。

    久野 あの時は人物はデジタルでアナログの塗りを再現したんです。背景美術は写真を加工して印刷して、その上から絵の具や色鉛筆で加筆して何とか全カット間に合わせました。それに比べると『ルックバック』は大部分がアナログですね。

    藤本 デジタルなのに手描きの温かさがすごくあって、ノスタルジックになっていて上手いなぁ、と観ていました。女の子も実際の子供みたいによく動いていますね。

    久野 この時のロトスコープで撮った女の子は役者ではないのですが、だからこそ本当に楽しそうな表情や動きをしてくれました。細かく身体を揺らしたり口の中で舌を回したり、想像では出てこない動きもあって。こういった自分からは出てこないイメージは大好きで、そんな奇跡の瞬間があると脳汁が出ますね(笑)。

    藤本 久野さんはロトスコープについて語られることが多いですが、僕はストーリー面でもすごい方だと思っています。久野さんが原作のアニメ映画を観たいんですが、作らないんですか? 久野さんの漫画も好きなのでそっちも描いて欲しいですし。とにかく久野さんの原作をもっと見たいんですよ。

    久野 この前Xでいただいたメッセージでも仰っていましたよね。企画を考えつつ、もっとちゃんと世に作品を出していきたいです。頑張りますとしか言えませんが、光栄です(笑)。

     

    ■藤本先生が着目する「着ぐるみと性欲」とは

    藤本 久野さんは卒業制作から今に至るまで一貫してテーマを持っていて、ずっと圧倒されます。しかもそれはご自身の作品のみならず、共作や一部参加の作品にまで込められているように見えて。そういう方ってなかなかいないですよね。

    僕は久野さんの作品には、「着ぐるみと性欲」というテーマが込められていると勝手に解釈しています。着ぐるみは一見すると可愛かったり親しみやすいものに見えますが、その一枚下には下世話な感情が秘められていて、それが時には何かを壊してしまう…というか。それは『化け猫あんずちゃん』だったり映画『クレヨンしんちゃん』にも当てはまると思っています。ぜひ「久野さんが考えた『クレヨンしんちゃん』」を作っていただきたいです!

    久野 恐れ多い…シンエイ動画さんと相談します(笑)。確かに「着ぐるみと性欲」は自分の中で興味が強いモチーフたちなんですがその共通点を見出してくださったのは藤本さんが初めてです。そこまで見ていただいていたのかと、びっくりしています。

    藤本 他にもKIRINのCM(「聖獣麒麟クリエイティブリレー」第4弾)も「着ぐるみと性欲」で解釈しています。男の子が遠くに行く女の子を自転車で追いかける、可愛い絵の映像です。でも男の子があまりにも一生懸命で、こうまでして追いかけられると「ある意味、怖いな」とも思って。もし男の子が女の子に追いついてしまったら、行き過ぎた愛でどうなってしまうのか…そういう風に考えると、久野さんは怖いものには可愛い絵を当てるのかな、と想像してしまうんです。

    これは久野さんの全作品に当てはまるから、もしかしたらあらゆる仕事を、ご自分が描きたいものに寄せていくのかな、と思って。

    久野 藤本さんの作品にも特徴がありますよね。愛情が必ずしもプラスに働くとは限らなかったりとか、見た目が可愛い子でも内面は別物だったりとか、そしてそこにエロティックさがある気がします。それはどこから来ているのでしょうか。

    藤本 『ルックバック』の場合だと、京本は藤野のために背景を描くけれど、藤野は自分の都合のため…みたいに、相手が望むことをしたいのにすれ違ってしまう、いわば『賢者の贈り物』(オー・ヘンリーの短編小説)です。

    貧しい夫婦がお互いにプレゼントしようとして、夫は宝物の懐中時計を売って奥さんに櫛を、奥さんは綺麗な髪を売って時計につける鎖を買うけれど、時計も髪もなくなったからプレゼントが役に立たなかった。でも、お互いを想い合っているから幸せなんだ…という話です。

    この物語の型はおそらく皆が大好きで、僕の場合もこういった創作の型から来ているのだと思います。久野さんはいかがでしょう?

    久野 多分「好意」というものには、ポジティブさと気持ち悪さの両方が備わっていると思っているんでしょうね。好意はいいものだと言いたいですが、それが気持ち悪いと思われないかという不安もある、みたいな。

    藤本 それは久野さんが参加される嬉しさのあまり、僕が送ったメッセージみたいな感じですね(笑)。一方的に褒めまくっていて、一歩引くと怖かったかもしれません。

    久野 それはむしろ『ルックバック』みたいな体験でした。私から見て『ルックバック』は漫画家志望のエリートの物語で、自分とは異なる世界だと思っていました。それなのに突然、藤本さんからXのメッセージが来て、一瞬だけ自分が藤野のような気持ちになりました。京本と初めて会って火がついた時のような贅沢な体験でした。

    藤本 ずっと久野さんを意識した人生でしたから。そう言うとまた気持ち悪いですが(笑)。美大生にとって、久野さんの作品は全員が通る道だと思っています。卒業制作はどういうものを作るのか過去の作品を調べて、久野さんの卒業制作にたどり着いて、衝撃を受けて諦めるか、自分も頑張ろうとするのか…のどちらかで。僕も久野さんの卒業制作『Airy Me』に打ちのめされて、自分は漫画を描こうと決めました。

     

    Airy Me 場面写真

     

    ■原作『ルックバック』に見る子供性

    ──久野さんが原作『ルックバック』を読まれたのはいつですか?

    久野 「少年ジャンプ+」に公開されて話題になった時です。漫画を描くことの喜びがストレートに描かれていて、すごく強い漫画だと思いました。藤野の4コマも小学生の感じがありつつしっかり面白かったり、藤野と京本が出会った後に雨の中で踊るところとか、わずかなコマ数・ページ数にたくさんの感動や喜びが詰まっていて、全部がクリティカルに刺さってきました。

    実写化されて特に感じたのが、原作はあくまで子供の主観で描かれていることです。そこにある子供の感覚も面白かったですね。これが実写だと見守る大人たちもいる世界になって、それが子供の視点を強調してくれます。原作と実写の両方を見て、それぞれの魅力を感じました。

    藤本 是枝監督は映画の随所で大人の感覚を入れているので、より子供が保護されている様子が出ていましたよね。僕は子供目線で描いていましたが、実写の描き方はすごく上手かった。大人の目線があると物語はこう見えるんだな、と驚きました。

    久野 『ルックバック』の前に『チェンソーマン』も読んでいましたが、「これが今のジャンプ漫画なんだな」と思いました。個性的な作風のまま少年漫画のメインストリームでもあって、教室の真ん中にいなくても自分は主人公なんだと思えるような漫画というか…これが自分の子供の頃にあったら嬉しかっただろうな、と。

    藤本さんはご自身の漫画をジャンプに投稿しようとした理由はありますか?

    藤本 元々は「月刊少年ジャンプ」に投稿しようとしていたんですよ。どちらかというとメインから外れた感じの雑誌だったので。でもその後、休刊になってしまい…。そこから「ジャンプSQ.」「少年ジャンプ+」と流れて、『チェンソーマン』は「週刊少年ジャンプ」になりました。僕もジャンプ系の漫画は相当読んでいましたが、自分が連載するとは思っておらず、何かの間違いだったと思っています。

     

    ──藤本先生が仰る「着ぐるみと性欲」のように、久野さんが藤本先生の作品から感じるテーマ性はありますか?

    久野 キャラクターの「子供性」を大切にしているのかな、と感じました。愛情がまっすぐでもどこか意地悪いというか、子供ならではの残酷さも両立している感じがします。そこは子供だけが持つきらめきで、大人になったら辻褄を合わせていく部分です。藤本さんの作品を読んでいると、そういった子供性を感じますね。

    藤本 その人に何か足りなかったり、何か欠けていることって、別に直さなくてもいいと思っているんです。欠点だとしてもその人にとって障害でなければ、そのままでもいいのでは、と。自己中心的な部分も直すのは嫌だと思っていて、その未完成な部分が、久野さんの仰る「子供性」に繋がるのかもしれません。これは僕自身の思想だから、漫画に全部出てしまうのだと思います。

    久野 そこが魅力的だし、他にはなかなかありませんよね。作品の世界観が違っても、藤本さんの特徴を感じられるところが面白いです。

     

    ──久野さんはご自身の作品から思想がにじみ出る意識はありますか?

    久野 そこまでは…。今日、藤本さんに言われたことに驚いています。私の仕事はクライアントワークも多いのでまさか自分の思想がそんなに出ているとも思わず(笑)。

    藤本 それでも僕は全部に久野さんのテーマ性を感じるので、すごいと思っています。これはどういう才能なんだろう? どういう風に仕事を受けているのだろう?…と、ずっと不思議に思っていました。

     

    ──それでは最後に読者へメッセージをお願いします。

    久野 私が担当した部分は映画全体の一部の点ですが、どのタイミングで差し込まれるのかも含めて楽しんでいただきたいです。アニメーションには藤野と京本が感じていたであろう喜びや、私自身にとっての絵を描く楽しさを詰め込めるだけ詰め込みました。そこも注目していただけるとありがたいです。

    藤本 ずっと憧れて、そして勝手にライバル視していた久野さんが、まさか自分の作品に関わってくれるなんて!…という喜びでいっぱいです。

    その一方で、久野さんは僕の作品に関わっている場合ではないのでは、とも。それこそ『化け猫あんずちゃん2』とか久野さんが作る『クレヨンしんちゃん』とか新しい原作とか、早く次の作品を見せていただきたいです!

     

    ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

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