天文学者のドレスラー(Alan Dres-sler)はハッブル宇宙望遠鏡そっくりの装置が目の前に2つ並んでいるのを,畏敬の念を抱きながら見つめていた。米航空宇宙局(NASA)が20年かけて設計・製造したハッブル望遠鏡は1990年の打ち上げ後,銀河と恒星に関する私たちの理解を一変させた。それから時がたった2012年,ドレスラーはニューヨークにある防衛関連企業のクリーンルームに立ち,ハッブルの“クローン”を建造する組立ラインを目にしていた。それらは天体望遠鏡ではない。同等の能力を持つ偵察衛星だった。そして,うち1基がNASAに無償で提供されようとしていた。
「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」の物語はこのように始まる。この望遠鏡は現在フロリダに輸送され,近くスペースXのファルコン・ヘビー・ロケットで打ち上げられる(編集部注:8月30日に打ち上げ成功)。ローマン望遠鏡は私たち人間の存在そのものを説明する宇宙の謎めいた構成要素である「暗黒エネルギー」と「暗黒物質」について,かつてない知見をもたらすだろう。太陽系外にある未知の惑星をこれまで以上に多く発見するだけでなく,そうした系外惑星上の生命をいつの日か明らかにする可能性を持つ重要な技術も検証する予定だ。
NASAゴダード宇宙飛行センターでこのミッションのシニア・プロジェクト科学者を務めるマケナリー(Julie McEnery)の言葉を借りれば,それは「壮大なこと」ができる望遠鏡だ。
そして,ローマン望遠鏡が発射台にいかにたどり着いたかの物語は,今後成し遂げる科学的成果と同様に驚くべきものだ。この観測装置の中核部分は,9.11同時多発テロ後の世界で米国が敵対勢力を監視するために製造された。その計画が頓挫し,国家偵察局(NRO)は不要となった望遠鏡を抱えることになった。国家偵察局がNASAに引き取りを打診し,NASAはその申し出に飛びついた。
ローマン望遠鏡の物語は,重要な科学と本来ならありえないような政府機関どうしの協力の話であるだけでなく,異例の高効率を実現した事例でもある。予算内かつ予定よりも早いスケジュールで打ち上げられる見込みで,複雑な構造の天文観測装置としては前例のない偉業といえる。「物事がうまく進み,今回のような成功物語が生まれたのだから,それをもたらした魔法から学ぼうではないか」と,NASA長官のアイザックマン(Jared Isaacman)は去る4月の記者会見で語った。
この宇宙機は数奇な運命のめぐり合わせによって生まれただけでなく,何度も死の危機を回避してきた。本来なら存在しえない望遠鏡がいま発射台に立ち,天を見つめる準備を整えている。そしてある意味で,その任務は当初の建造目的とかけ離れたものではない。結局のところ,それはやはり秘密を探り出すことだ。ただし今回は敵の秘密ではなく,宇宙の秘密を探る。
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「宇宙膨張の謎は解けるか 初期暗黒エネルギー仮説」,M. カミオンコウスキー/ A. G. リース,日経サイエンス2025年11月号。
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受賞歴のあるフリージャーナリスト。天文学や天体物理学,商業宇宙飛行,宇宙探査に関する記事を執筆している。
