豊田章男氏の受賞については、全米で最大のトヨタ・レクサスディーラーを展開するグレッグ・ペンスキー氏が紹介。グレッグ・ペンスキー氏は、ペンスキー・オートモーティブ・グループの副会長で、会長は父親のロジャー・ペンスキー氏。ディーラー部門はグレッグ氏が率いており、豊田章男氏とはトヨタとGMの合弁会社「NUMMI」の仕事で章男氏がアメリカに赴任したとき以来の付き合いという。
グレッグ氏は、豊田章男氏が2009年の社長就任以来、大規模なリコール問題、東日本大震災を乗り越えリーダーシップを発揮してきたことを紹介。章男氏がトヨタファミリーの3代目であり、自分自身も同様に家族のレガシーに応え、それを引き継いでいきたいという共通の思いがあることで深い共感を得ている。
また、章男氏自身のユニークで魅力的なポイントも紹介。イベントにおける章男氏の人気を「熱狂的な支持のレベルは、テイラー・スウィフトに匹敵すると私なら主張するでしょう」と紹介するなど、会場の自動車業界関係者に訴えかけた。
米国市場ではハイブリッド車が人気だが、章男氏の脱炭素における決断も紹介。「(章男氏は)単一の解決策を強制するのではなく二酸化炭素排出量の削減に焦点を当てるべきだと主張し、業界の急速なEV移行に異議を唱える決断をしました。その結果、トヨタはハイブリッド、プラグインハイブリッド、燃料電池車、そしてバッテリEVへの投資を続けました。彼の決断は非常に賢明なものであったことが証明されました」と米国市場の現状を紹介。
「競合他社とトヨタを差別化しただけでなく、今日においてもハイブリッド技術における誰もが認めるグローバルリーダーであり続けているのです」と、章男氏の採ったマルチパスウェイ戦略の素晴らしさを来場者に紹介した。
このグレッグ氏のあいさつに導かれて豊田章男氏が登壇。壇上に立った豊田章男氏は、あいさつの中で2日前に米国の某所で開発車両を試乗中にアクシデントが起きたことを最初に来場者に明かした。これはどうもマスタードライバーとして開発車試乗中に、クルマの想定限界を超えるようなところまで持ち込んだようで、クルマは問題なかったことを報告。クルマそのものは新型のオフロード車であることを示唆していた。
豊田章男氏あいさつ
受賞についてあいさつする豊田章男氏
みなさま、こんばんは。まず初めに、ともに栄誉に浴される受賞者のみなさまにお祝いを申し上げますとともに、主催者のみなさまに感謝申し上げます。そしてグレッグ、温かい言葉をありがとうございました。次に『オープンポイント(空きスペース)』が見つかったときには、その言葉を胸に刻んでおきます……)。
かなり大きな案件でないとご興味を持っていただけないかもしれませんが、そうですよね? 冗談はさておき、40近くもの異なる自動車ブランドを販売するディーラーとして、常に最高峰の基準を示し続けておられます。そしてこの業界のリーダーとして、みなさまには私の深甚なる敬意と感謝をいつでも捧げます。
スピーチを始める前に、みなさまにちょっとした秘密をお話しさせてください。実は2日前、当社のオフロード車の1台を試乗中に事故を起こしてしまいました。ですので、もし私が少しボロボロに見えるとすれば、本当にそうだからです。ですが、ご安心ください。クルマの方は無事です。
そして、世界中のすべてのトヨタおよびレクサスディーラーについても同じことが言えます。ひいき目かもしれませんが、私はこのような素晴らしいパートナーに恵まれて実に幸運だと感じています。私が今日こうして立っていられるのは、彼ら、そしてそのスタッフのみなさん、さらには世界中の約40万人に及ぶトヨタ社員たちの肩の上に乗っているからにほかなりません。
この栄誉は本来彼ら全員のものです。しかしもちろん、私が代表してそれを受け取れることを大変うれしく思っております。私にとってデトロイトは、映画産業におけるハリウッドのような、自動車産業の聖地です。そして私の家族が常に深い憧れを抱いてきた場所でもあります。
私の祖父である喜一郎が若き日に初めてデトロイトを訪れた際、ここで目にしたものに深く感動し、日本で自動車を作ろうと心に誓いました。それから年月が経ち、1957年に私の父である章一郎は、トヨタがアメリカへ初めて輸出するクルマとなったトヨペット クラウンを運転してデトロイトにやってきました。
父はそのクルマを心から誇りに思い、自信に満ち溢れていたため、なんとフォードの本社前でクルマを停めて記念写真まで撮影したのです! ところが、その後I94(州道高速道路)へとクルマを走らせた途端、その自信は窓から吹き飛んでしまいました。
あの哀れなクラウンは、時速60マイル(約96km/h)出すのが精一杯だったのです。それどころか、ほかのあらゆるクルマに追い抜かれていきました。その「偉大なクラウン」を高速道路へ実際に合流させるだけのスピードを出すため、父は上り坂ではなく、下り坂になっているオンランプ(合流車線)しか使えなかったのです。「Oh, What a Feeling!」(トヨタの米国におけるPRキャンペーンのキャッチコピー)だったことでしょう、当時の父にとっては。
しかし、トヨタの「カイゼン」、つまり「絶え間ない改善」の精神によって、私たちはやがて競争力のあるクルマを作るようになりました。そして今日、世界中で何百万台もの自動車を販売するまでに至り、トヨタは祖父の夢を遥かに超える成功を収めました。祖父も父も、何年も前に自分たちにインスピレーションを与えてくれたこのまさに同じ場所で、のちに栄誉を授かることとなったのです。
そして今、豊田の3代目として、私は彼らの足跡を辿りながらこの場に立っています。ちなみに、これは決して当たり前のことではありませんでした。「3代目は苦労を知らない」とか、「すべてを台無しにする」とよく言われますからね。ですが、今のところは順調にいっているようです。
物心ついたころから、私はずっとクルマが大好きでした。実際、幼いころの夢はタクシーの運転手になることでした。完全にそのとおりにはなりませんでしたが、かなり近いところには来ています。世界で一番大好きなこと、つまりクルマを運転することを仕事にできているのですから。それも、とても速いスピードで。
勿論、お聞き及びのとおり、私がトヨタの社長を務めていた時期には多くの困難を乗り越えなければなりませんでした。しかし、私を支え、奮い立たせてくれたのは、お客さま、従業員、サプライヤー、そしてディーラーのみなさまの誠実さと温かい支援でした。なぜなら、みなさまの心を掴むことこそが、常に私の最大の動機であり、最大の報いであったからです。
何台クルマを売るかということは、私にとって決して最も重要なことではありませんでした。最も大切なのは、それらのクルマを買ってくださる人々にとって、そのクルマがどのような意味を持つかです。お分かりのように、私たちが売っているのは「幸せ」なのです。新車の納車を受けるときに、不幸せな気持ちになる人が世界にいるでしょうか?
クルマは人をワクワクさせ、よろこびを与え、特別な存在にしてくれるものです。実際、間違いなくこの会場にいる全員が、信じられないほど幸運なのです。考えてみてください。私たちは世界で単一にして最高で、最も刺激的で、最もやりがいがあり、私の持論では最もクールな産業の一員になれているのですから!
そして私たちは、この業界で果たしている役割を当然のことと思ってはなりません。この部屋に集まったみなさまの結集された力を考えてみてください。自動車メーカー、サプライヤー、ディーラー、ディストリビューター、モータースポーツ関係者、そしてジャーナリストのみなさま。私たちは力を合わせることで、人々の生活をより良くする素晴らしい能力を持っています。
そして、正義のヒーローたちと同じように、私たちは力を一つにし、その集団的な能力をよいことのために使うべきだと信じています。一つの産業として、私たちは今後数日から数年の間に、多くの不確実性や課題に直面することになるでしょう。しかし同時に、多くの機会にも恵まれています。競争することへの意識を少し減らし、コラボレーションにもっと目を向けてみてはどうでしょうか? よい影響を与えるために、私たちがともに何ができるかということに。
つまり、みなで一緒に舟を漕ぎ出すことができたら素晴らしいと思いませんか? ほら、ワールドカップのノルウェーのファンみたいにね。みなさんも一緒にやってみませんか? 準備はいいですか! オーーー。
私は心からこの部屋にいる全員、そしてこの業界に携わる全員に成功してほしいと願っています。私たち全員に、全員に勝利してほしいのです。ですから今夜、感謝、友情、そしてパートナーシップを込めて、みなさま全員に手を差し伸べることをお許しください。
先立った祖父や父と同じように、私もこの栄誉に深く心を打たれています。この産業、そしてこの自動車というファミリーを支えるために、毎日この栄誉に恥じぬよう努力し続けることを謙虚にお誓い申し上げます。
そして、その一員であれることを心から感謝いたします。私たちが力を合わせれば、想像できないものなどなく、創造できないものもなく、乗り越えられないものなどありません。ですから、この道がどこに続いていようとも、一緒にドライブを楽しみましょう。ご清聴誠にありがとうございました。
