まつもとあつしの「アニメノミライ」
公開
2026年09月26日 11時00分
更新
2026年09月26日 20時56分
著者

まつもとあつし
[ITmedia]
日本のアニメ・エンタメ産業は、海外展開の追い風を受けてかつてない好況を迎えている。そして、その制作現場を歩けば気付くことがある。クレジットに並ぶ名前の中に、外国出身のスタッフが決して少なくないという事実だ。声優、原画、動画、仕上げ……アニメを支える現場のあちこちに、日本のアニメにあこがれて海を渡ってきた人たちがいる。
その1人である声優のジェーニャさんは、自身の「X」で、永住許可を巡る制度変更への戸惑いを投稿していた。
筆者はその投稿をきっかけに連絡を取り、話を聞いた。あわせて、フランス出身で来日7カ月というアニメーター、ユナ・ル・ルーゾさんにもメールで取材を申し込んだ。
20年近く日本で活動を続けてきた声優と、来日したばかりの新人アニメーター。立場も経歴もまったく異なる2人の言葉から見えてきたのは、「日本のアニメを支えたい」という共通の思いと、AIがもたらしつつある変化、そして日本の外国人政策が抱える課題という、それぞれが直面する壁だった。
セーラームーンにあこがれた16歳が、声優になるまで

東京・池袋にて。8月14日撮影
ジェーニャさんがアニメに出会ったのは16歳のころ、ロシア・ノヴォシビルスクで暮らしていた時期だった。テレビで放送されていた『美少女戦士セーラームーン』に衝撃を受けたという。「日本語の響きに引かれて。当時、最初に覚えた日本語が『うさぎ』でした」と振り返る。「ロシア語のボイスオーバー版では『バニー』という名前だったのに、日本語の音声にはかすかに『うさぎ』と聞こえる言葉がある。それが気になって、自分で意味を調べたんです」。その1つの単語をきっかけに、日本という国そのものへの興味が一気に膨らんでいったという。
ノヴォシビルスク国立経済経営大学のIT学部一期生として、当時はまだ珍しかったインターネット環境にいち早く触れられたこともあり、1998年ごろからアニメ感想サイトを立ち上げて運営し、日本語楽曲をそのまま日本語で歌う活動も始めた(ロシア語に訳して歌うことは相対的に少なかったという)。日本語で歌っていたからこそ、日本国内でも話題になった面が大きい。音声データだけがやりとりされていた時代に、そのサイトは日本の「2ちゃんねる」で話題となり、一晩でアクセスが殺到してサーバがダウンするほどの反響を呼んだという。
02年、そうした活動を見ていた日本のファンの支援と、WOWOWの番組出演をきっかけに初来日。声優になりたいという思いを固め、05年には東京での生活を本格的に始めた。しかし、そこからの道のりは平たんではなかった。ファンの支援を受けられたのも最初のうちだけで、生活は苦しかったという。秋葉原のメイド喫茶でのアルバイトやロシア語のレッスンで生計を立てながら、なかなか声優としての仕事にはつながらない時期が続いた。
転機となったのは、知人の紹介で『BLACK LAGOON』のロシア語翻訳を手伝ったことだった。それがきっかけとなり、片渕須直監督の紹介で同作のロシア人キャラクター「バラライカ」(声:小山茉美さん・旧ソ連軍出身の女幹部)のロシア語監修・演技指導としてアフレコ現場に立ち会うことになった。それ以外の回にも見学者として通い、アフレコ現場の実際を肌で学んでいったという。「その時の日本語力は、日本語能力試験でいうN3程度(基礎的な日常会話がある程度理解できるレベル)。何が起きているのかもよく分からなかったけれど、見学することがすごく大事だと感じた」という。
声優デビューは09年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』。以来、『ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年〜)のクラーラ役(プラウダ高校所属、戦車操縦や格闘に長けたロシア人留学生)をはじめ、数々の作品に出演してきた。近年の大きな転機は、22年の『アキバ冥途戦争』だ。ゾーヤ役(アキバのメイド喫茶「とんとことん」に加入した、元地下格闘技選手のロシア出身メイド)として初めてメインキャラクターを演じ、主題歌の歌唱にも挑戦した。26年10月からは『魔法少女育成計画restart』(第2期)にも御世方那子役で登場予定だ。
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