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     全日本空輸(ANA)が発表した「スーパーフライヤーズカード(SFC)」の制度改定、そして異例の「見直し(条件緩和)」は、日本の航空ファンの間に大きな波紋を広げました。

     「一度基準を満たせば、一生涯スターアライアンス・ゴールドを維持できる」。この魅力的な約束を信じ、多大な時間と費用をかけてステータスを獲得してきた既存会員の方々にとって、年間300万円という決済要件が突如設けられたことは、戸惑いと落胆を伴うものでした。長年ANAを愛し、応援してきたからこその反発であり、その情熱と声は航空会社にとっても非常に重いものです。

     一方で、航空業界のグローバルな動向を定点観測していると、今回のANAの決断が単なる「ファンへの冷遇」ではなく、世界の航空会社が等しく抱える「避けられないジレンマ」の表れであることが見えてきます。現在の日本のマイラーたちが直面しているこの熱狂と混乱は、実は数年前に航空大国アメリカが通った道と酷似しています。

    ■「一生涯」の重みと、限界を迎えていたラウンジ空間

     ファンにとって、SFCは単なるクレジットカードではなく「ANAと共に空の旅を歩む」という信頼の証でした。ルールに従って正当にステータスを得てきた会員からすれば、その権利が制限されることへの不満はもっともです。

     しかし同時に、多くの利用者が肌で感じていた「ラウンジの過密化」という現実もありました。一度資格を得れば会員であり続ける仕組みは、当然ながら年々対象者が増加していきます。その結果、羽田空港などの主要ラウンジではピーク時に座席を見つけることも難しくなり、優先搭乗にも長い列ができるなど、航空会社が本来提供したかった「上質でゆとりある空間」の維持が極めて困難になっていました。

     ANAにとって今回の改定は、長年のファンとの約束を守ることと、すべての利用者に快適なサービスを提供し続けることの間で揺れた、苦渋の決断であったと言えます。

    ■ハサミで真っ二つにされるカード。アメリカのデルタ航空の大炎上

     この「顧客への感謝」と「インフラの限界」というジレンマは、世界共通の課題です。時計の針を少し戻した2023年秋、デルタ航空が発表したマイレージプログラムの大規模な改定は、今回のANA以上に激しい議論と混乱を巻き起こしました。

     デルタ航空はラウンジの異常な混雑を解消するため、提携プレミアムカード保有者の「無制限アクセス」を突如撤廃し、維持するには「年間7万5,000ドル(約1,100万〜1,200万円)を決済」という非常に高いハードルを設けました。さらに、ステータス獲得の基準を「どれだけ飛行機に乗ったか(搭乗実績)」から「どれだけお金を使ったか(決済・利用額)」へと完全に一本化しました。

     これに対し、アメリカのデルタ航空ユーザーからは猛烈な抗議の声が上がりました。「何十年もデルタを選んで飛び続けてきたのに、一部の富裕層以外は客として見ないのか」。X(旧Twitter)などのSNS上では、ファンの悲痛な叫びとともに、これまで大切に使ってきたデルタ提携アメックスカードをハサミで真っ二つに切り刻む写真や動画が次々と投稿されるという、前代未聞の事態に発展しました。

     長年デルタ航空を愛し、忠誠を誓ってきた顧客だからこそ、その愛情が深い失望と怒りに反転してしまったのです。さらに、競合のジェットブルー航空などがこの炎上を好機と見て、「デルタに失望した皆さん、我々は歓迎します」と露骨なステータスマッチ(上級会員の引き抜き)を大々的に展開。主要メディアも「デルタの深刻な顧客離れ」としてトップニュースで報じる大騒動となりました。

     事態を重く見たデルタ航空のエド・バスティアンCEOは、発表からわずか1か月後、「我々は間違いなくやりすぎた。性急すぎた。」と公の場でファンの想いに寄り添う形で謝罪し、ラウンジ利用回数やステータス要件の一部緩和を発表しました。まさに、現在のANAが直面している状況と同じプロセスを辿りました。

    ■過酷な国際競争の中で「共に飛び続ける」ために

     デルタ航空は妥協案を提示しましたが、「搭乗回数よりも決済額を重視する」という世界的な潮流自体が後戻りすることはありませんでした。なぜ、世界の航空各社はこれほどまでに制度の厳格化を急ぐのでしょうか。その背景には、過去に例を見ないほど過酷な国際競争があります。

     歴史的なインフレや人件費の高騰に加え、数千億円規模の最新鋭機材への更新、そして業界全体の急務であるSAF(持続可能な航空燃料)の莫大な調達費用など、航空会社を取り巻くコストは劇的に跳ね上がっています。海外のメガキャリアが強力な提携カード事業で収益を上げ、それをラウンジの拡張や最新機材に投資する中で、日本の航空会社もまた、世界基準の財務体力をつけなければ競争に生き残れません。

     海外のメガキャリアでは「クレジットカードを持つだけで一生涯アライアンスの上級会員になれる」という制度自体がほとんど存在しません。純粋な実飛行で100万マイル以上を飛ぶなど、世界のロイヤルティプログラムは極めてシビアな基準へと移行しています。ANAが設定した「300万円」という数字は、こうした厳しいグローバル競争の波を受け止めつつも、アメリカの「1,000万円超」に比べれば、日々の生活費や経費を集約することで日本のビジネスパーソンがなんとか手を伸ばせる「防衛ライン」を模索した結果とも受け取れます。

    ■デルタ航空は結果としてどのような成長を遂げたか

     猛烈な反発と「ハサミによる抗議」という代償を払ったデルタ航空ですが、ビジネスという観点では現在、歴史的な成功を収めています。最大の成果は、アメリカン・エキスプレスとの提携カード事業から生み出される莫大な収益です。現在アメックスからの還元額(提携収益)は年間約68億ドル、日本円にして実に「約1兆円」規模に達しています。さらにデルタ航空は、長期的にこの金融収益を年間100億ドル(約1.5兆円)まで引き上げるという強気な目標を掲げ、順調に成長を続けています。

     航空会社が航空券を売って利益を出すには、原油価格の変動リスクや膨大な人件費、機材のメンテナンス費用が伴います。しかし、クレジットカードの決済から得られる手数料収益は、飛行機を飛ばすコストや原価が一切かからない「純度100%に近い利益」です。自社カードで莫大なお金を使う優良顧客へインフラとサービスを集中させたデルタの決断は、結果としてこの高収益なビジネスモデルを盤石なものにしました。

     また、優良顧客向けにラウンジの混雑解消やさらなる高級化を実現したことで、ビジネスクラスなどの上位クラスの売上がエコノミークラスの成長率を上回る「プレミアム重視の収益構造」への転換にも完全に成功しています。

     一時的な大炎上という劇薬を飲み込んででも成し遂げたこの徹底的な高収益化は、ウォール街のアナリストや機関投資家から極めて高く評価されています。

    ■新しい時代のロイヤルティをどう築くか

     今回、ANAがファンの声を受け止めて「見直し(条件緩和)」を発表したことは、単なる反発への妥協ではなく、長年支えてくれた顧客との関係性を断ち切らないための、真摯な対話のプロセスと捉えられます。

     「一度の条件達成で一生安泰」という時代は、航空需要の拡大と国際競争の激化により、残念ながら静かに幕を下ろしつつあります。既存会員にとって痛みを伴う変化であることは間違いありません。しかしそれは、決してユーザーを切り捨てるためではなく、これからも安全で快適な空の旅を持続し、日本の翼として世界と戦い続けるための不可避のステップでもあります。

     今、日本の航空会社とユーザーは、この変化の痛みを乗り越え、新しい時代における「持続可能なロイヤルティ」をどう築き直していくのかという、壮大な転換点に立っています。

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