2026年10月
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    核兵器のない世界の実現を訴え、被爆証言を通じた草の根運動を粘り強く続けて、2024年のノーベル平和賞に輝いた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)。事務局長の濱住治郎氏にインタビューし、あらためて反核・平和運動の現状と展望を聞いた。

    受賞で運動に活気

    ──ノーベル平和賞の受賞決定から10月で丸2年。被爆80年という節目の2025年を経て、日本被団協は26年に結成70年を迎えた。この2年間の活動や、反核・平和運動に対する日本社会の反応にどのような変化があったか。

    2024年10月11日に受賞の発表があって、その日から12月の授賞式まで、電話が鳴りっぱなしでメディアの取材が続いた。それは事務局・役員だけでなく地方の組織も同じで、それぞれの地元メディアが取材に来て、講演依頼も飛躍的に増えた。昨年も被爆80年ということで取材される機会が多く、われわれも自らイベントを企画するなど忙しさが続いた。

    海外の平和・反核団体の依頼で被爆体験を語る機会も増え、昨年はフランスやスペイン、今年はイタリアやスペイン、韓国、シンガポールでも予定している。賞をいただいたことで、われわれも勇気をもらって、もう一度運動を盛り上げようと緊張感を持ちながら活動している。

    受賞を機に、われわれの活動が多くの注目を集めたことでもう一つ良かった点は、「被団協って何なの、何をしてきたの」という問いかけが多くなったことだ。「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」を訴える運動とともに、被団協のこれまでの歩み、被爆者の置かれてきた状況についても聞いてもらえる機会が増えたと思う。

    原爆投下の後、日本が主権を回復しても、政府は被爆者を援助してくれなかった。1954年のビキニ水爆による第五福竜丸事件を機に原水爆禁止運動が盛り上がり、それに力をもらって56年に日本被団協が結成された。被爆者にとって、それまでは非常につらい時代だった。生活のため、新天地を求めて広島、長崎を離れるなどして、被爆者は全国各地に住んでいる、また韓国や朝鮮、北米、メキシコ、ブラジルなど含め世界にもいる。日本の中でもそれほど知られていなかったこのような認識も、話を聞いてくれる人が増えて理解が広まっていると感じる。

    海外の運動の熱気も、ひしひしと感じる。フランスは今年に入り、保有核弾頭を増やすという核戦略の転換を表明したが、国民レベルでそれに賛成しているかどうかは疑問だ。現地のキャンペーンに招かれた被団協のメンバーは、何十カ所もの草の根集会で被爆証言をしたが、核抑止論にくみしない人々がとても多いことを肌で感じたという。

    若者とオンラインでつながる

    ──若い世代との運動・活動のつながりについて、手応えはあるか。

    少し前になるが、2016年から取り組んできた「ヒバクシャ国際署名」(編集部注:20年末まで実施し、国内外で1370万人の署名を集めた)で、コロナ禍で「証言をする機会がない」という話をしていたら、若い世代の人が「オンラインでやらないか」と提案してくれた。大学生から小学生まで50人、60人が全国から参加し、パソコンの前で話をした。参加者の質問や感想の発言も活発で、こういう形もできるのかと知った。その後も、400人ぐらいの会で証言して署名を求めることもあった。

    「被爆者と会うのは敷居が高い。いつ、どういうふうにしたら会えるのかも分からないし」という若い人の話から、「オンラインで被爆者と語るカフェみたいなものをやってみたら」というアイデアが出て、私が被爆体験を話したこともある。その後すぐに映画会を企画した参加者が出るなど、若い大学生の行動力はすごい。昔から連携している平和団体でも、事務局やスタッフとして新たに入ってくる若い人たちは増えてきていると感じる。

    NPT再検討会議が開かれた米ニューヨークで、 核廃絶を訴えるデモ行進を前にスピーチする濱住治郎さん(時事)

    国連本部前をデモ行進する被爆者ら=2026年4月26日(時事)
    NPT再検討会議が開かれた米ニューヨークで、 核廃絶を訴えるデモ行進を前にスピーチする濱住治郎さん(上)と、国連本部前をデモ行進する被爆者ら=2026年4月26日(時事)

    軍縮を口にできないNPT

    ──日本の反核・平和運動が、受賞を機に新たなエネルギーをもらって活性化する一方で、国際情勢はこの2年間、さらに不安定さを増している。ウクライナとガザでの戦火のみならず、米国とイスラエルによるイラン戦争まで勃発した。一連の危機をどう受け止めているか。

    今年の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議にあたり、ニューヨークで代表団が行動し、私もNGOセッションで発言したが、全会一致による成果文書は採択できなかった。帰国後の記者会見では「残念だった」とコメントしたのだが、よくよく考えてみるとやはり「核を持っている国が、持たない国を力で支配する。国際法を無視する形で」ということなのだろう。イスラエルも米国も、ロシアもみな核保有国。核を増強している中国やフランスも含め、勝手な行動が見える。NPTは核不拡散、軍縮、平和利用という3つの柱で成り立っているのだが、現実は不拡散でイランに核を持たせないというその点ばかりで、軍縮のことは何ら口にしなくなった。核保有国の横暴が目立った。

    NPTでは2000年の再検討会議で、核保有国が軍縮の義務としてすべての核兵器を完全に廃棄するという「明確な約束」で合意している。これは10年の会議でも再確認されたが、15年には無視された。核増強や、「使える核兵器」とかを口にする最近の動向は、絶対に許せない。

    ──それと関連するが、現在の最大の運動目標としては核兵器禁止条約を守り育てるということになるのか。11月には、21年の発効から初めてとなる再検討会議が開催される。

    とにかく署名・批准国を広げていくことが重要だ。被団協は1975年ぐらいから国連に訴えかけ、その後軍縮特別総会が開かれるなどして流れができ、ようやく2017年に核禁条約ができた。その背景には、「人間の安全保障」という考え方が広まって、12年に国連総会で全会一致の総会決議が採択されたことがある。国家間の安全保障という視点でなく、「原爆は人間に何をもたらしたか」という人間の問題を中心に据えることが重要という認識が、核兵器禁止条約誕生を後押しした。

    初めての再検討会議は貴重な機会なので、被団協の思いはやはり述べておきたい。それは、原爆は「人間として死ぬことも、人間らしく生きることも許さない」絶対悪の兵器だということ。原爆は人間に何をもたらしたかということを、改めてこの場で会議の参加者とともに確認したいと思っている。

    国は核戦争を許すのか

    ──日本はなぜ核兵器禁止条約に署名・批准すべきなのか。あらためて被団協の考えを聞かせてほしい。

    日本政府はNPT、つまり日本の同盟国である米国や核保有国を優先する。そこが基本だと言っている。一方、被爆者は、戦争を遂行してきた日本の国が被爆者被害に責任を持つべきだと訴えてきた。政府は「唯一の被爆国」という言葉をよく使うが、被爆したのは私たちで、国が被爆したわけでも何でもない。一番困っている被爆者が訴えていることに、国は応えていない。だからどの国に行っても、日本はどうして禁止条約に参加しないのですかと言われる。われわれからすると、核禁条約に背を向ける態度には、「核戦争を許すのか」と問わざるを得ない。

    ──被爆者の数は10万人を割り、平均年齢は86歳を超えている。組織の存続についてこの1年で検討するというが、被団協が解散する選択肢もあるのか。

    高齢化による問題、組織の在り方については早くから議論しているが、コロナ禍で中断し、またノーベル賞受賞の対応で忙殺されたことで、後回しになった事情がある。6月の定期総会で、みんなで1年間議論して意見を持ち寄ろうという形になった。被爆2世が引き継ぐのか、支援者と一緒にやるのか。被爆者がいなくなったら、もうそこで区切りにしようという考え方もある。県単位の組織も、被爆2世を中心に活動しているところもあれば、支援者が組織に入って実際に支えているところなどさまざまだ。

    この問題の核心は、日本被団協がやってきたこの運動を本当に真剣に考え、継続しようという人がどれだけ出てくるか、そこにかかってくるように思う。一般の人でも、2世が運動を継承してもいいが、いままで先輩たちが積み重ねてきた思いを受け止め、どう掘り下げていくかという点が大事だ。現在、認定NPO法人の「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」がこれまで分散していた各種の運動資料を収集し、保存・活用する態勢構築を進めている。その資料を使い、どれだけ私たちが学べるのかというのも、今後の組織づくりにつながってくる。

    日本被団協の事務所前に立つ濱住治郎さん(撮影:花井智子)
    日本被団協の事務所前に立つ濱住治郎さん(撮影:花井智子)

    被爆者の生きざまを学んで

    ──日本の若者の「保守化」が近年しばしば指摘されるが、どのように受け止めているか。また、若者へのメッセージがあったら伺いたい。

    まず経済的な問題があるのではないか。非正規雇用が多いなど、ものすごく不安な時代を生きる中で、考える余裕がないと感じる。しかし、それでも「この時代をどう生きたらいいのか」「どう生き延びるのか」ということを、もう少し深く考えてみないといけない。核兵器が1万2000発もある世界に私たちは生きている。その時に、広島・長崎の被爆者がどのように生きてきたのかを学んでほしい。そこにはヒントがあると思う。

    ノルウェー・ノーベル委員会のフリードネス委員長は2024年の平和賞受賞式におけるスピーチで、「世界の安全保障が核兵器に依存するような世界で、文明が存続できると信じるのは浅はかです。世界は、人類の壊滅を待つ牢獄ではないはずです」と述べている。そして、「たとえどれほど長く困難な道のりであっても、私達は日本被団協から学ぶべきでしょう。決して諦めてはいけません」とも語ってくれた。良い言葉をいろいろ残しているので、ぜひ読んで考えてみてほしい。

    聞き手:石井雅仁(ニッポンドットコム編集部)

    (インタビューは2026年9月25日、東京で行った)

    バナー写真:インタビューに答える濱住治郎さん(撮影:花井智子)

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