11万キロを走破したオリジナルの車体。整備の教科書と呼ばれるコンディションの秘密
品行方正、きわめて優等生的なクルマ作りの印象が強いトヨタだが、その一方でクルマ好きの琴線に触れるスポーティで個性的なクルマもしばしば輩出してきた。古くはトヨタ2000GT、昨今で言えばGRヤリスや86もそういった“マニア物件”といえるだろう。そして、それらの系譜の中でも決して忘れることができない1台に、“ヨタハチ”の愛称で知られるトヨタ「スポーツ800」の名を挙げないわけにはいかない。
パブリカ流用の軽量空力ボディと45馬力。日本の自動車史に燦然と輝く名機の素顔
ご存知の通り1965年にデビューしたトヨタ・スポーツ800は、同社のロワーレンジを受け持つセダン、パブリカのコンポーネンツを巧みに流用して生まれたライトウェイト・スポーツカー。排気量790ccの空冷水平対向2気筒エンジンの出力は45馬力と控えめながら、空力特性に優れた軽量ボディのおかげでスポーツカーとして必要にして十分な動力性能。最高速度も155km/hを謳った。素性を活かし、当時のモータースポーツの分野でも大活躍している。自社の量産セダンのコンポーネンツを活用して生まれたスポーツカーといえば、英国ライトウェイト・スポーツの一群を思い浮かべるが、方程式から生まれたヨタハチもまた、日本の自動車史に残る傑作と言えるだろう。

日本海クラシックカーレビューに登場した名車。新車購入から半世紀以上をともに歩む歴史
去る9月13日(日)、新潟県は糸魚川市で「第35回日本海クラシックカーレビュー」が開催された。上信越・北陸エリアを代表する歴史あるイベントで、約130台もの珠玉のヒストリックカーが集まった。会場となったフォッサマグナミュージアムの駐車場に展示された色とりどりのヒストリックカーのなかで、目に留まったのが1台。イベントには初参加というトヨタ スポーツ800だ。ナンバーを見れば“旭5”のシングル。ボディの程度も非常に良好というコンクール・コンディション。

「新車で手に入れて、以来57年間ワンオーナーで乗り続けています」
そう話を聞かせてくれたのはオーナーの堀家直利さん。堀家さんは16歳の時に軽免許を取得。三菱ミニカを手に入れ、運転を楽しんだのち2年後に普通免許を取得、ヨタハチにステップアップしたという、世界では大ベテラン。
リッター20キロを超える優れた低燃費性能。当時の姿を保ち後世へと受け継がれる極上個体
「1969年(昭和44年)の10月24日に納車されました。1969年式なので、ヨタハチとしてはほぼ最終。組み立てラインを出た最後の10台の中の1台だそうです」
イベントには、地元北海道のイベントで知り合った新潟の友人に誘われての参加。前の晩に小樽からフェリーで新潟港に、その後糸魚川の会場までは自走でやってきたとのこと。
「燃費も良好で、リッター20から24キロくらいは走ります」
オドメーターを拝見すると走行距離は11万6000kmほど。生まれた時代を鑑みれば少ない方かと。

「メンテナンスは50年以上、クルマを知り尽くした馴染みのメカニックが担当してくれています。消耗パーツ以外はほとんど当時のままのオリジナルです」
2025年はトヨタ スポーツ800誕生60周年という節目の年。ヨタハチのオーナーズ・クラブが主体となって、各地で記念イベントが開催された。堀家さんもイベントに参加したそうだが、会場ではよく聞かれることがあるという。
「オリジナルの状態がよく残っているからと、多くのオーナーさんが“ここはもともとこうなっていたのか”などと、整備やレストアの参考にしてもらっています」
まるで教科書の如し。大きなトラブルもなく、通常のメンテナンスだけで57年間ほぼ息災という、オーナーの愛情が十全に注がれた1台はまさに奇跡のような存在。これからも元気いっぱいで走り続けることでありましょう。
