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    日本全国に数ある祭りの中から、ジャンル別の御三家を取り上げるシリーズ企画。今回は、神様に酒をささげ、里人が酔っぱらう祭りを紹介する。

    祭りは酒に始まり酒に終わる

    「お神酒(みき)あがらぬ神はなし」という言葉があるほど、日本の神様は酒を好む。日本では稲作が伝来した2000年以上前に酒が造られ始めたともいわれ、古くから神事に欠かせなかった。

    新穀で酒を造ると、まずは実りを与えてくれた神様にささげる。その後、人間もご相伴にあずかることで、神様の力が注がれると信じられてきた。祭りの成功を祈って神様と乾杯することから始め、無事に終わると感謝のしるしに直会(なおらい)としてお供えの酒をいただくのが定番だ。

    神様と一緒に酔っぱらい、1年の営みで弱っていた活力を取り戻す──実に愉快な三大酒祭りを紹介する。

    岐阜「どぶろく祭」

    (白川村、10月14~19日)

    白川郷の秋を五色旗が彩る
    白川郷の秋を五色旗が彩る

    岐阜県北西部にある白川郷は、ユネスコの世界文化遺産に登録される人気観光地。冬は豪雪地帯のため、雪が滑り落ちやすい急こう配の屋根を持ち、屋根裏に養蚕のスペースがある「合掌造り」の家々が並ぶ。日本の原風景と称される里山のたたずまいに加え、かやぶき屋根のふき替えを住民総出で作業するなど、相互扶助の文化が守られている点も貴重な一帯だ。

    集落の絆を強めることに一役買っているのが、秋恒例の「どぶろく祭」だ。2日ごとに白川八幡神社、鳩谷八幡神社、飯島八幡神社と会場を移し、村で造られた濁り酒を飲んで収穫を祝う。見物客も一緒にどぶろくと伝統芸能を楽しめる。

    各地区を巡る御神幸行列
    各地区を巡る御神幸行列

    巡行の後、「どぶろくの儀」が始まる
    巡行の後、「どぶろくの儀」が始まる

    白川村では約1300年前から、山の神様に五穀豊穣(ほうじょう)の願いを込めてどぶろくを奉納してきた。現代の酒税法では自家醸造が禁止となっているため、各神社は祭りで振る舞うための特別な製造免許を取得している。

    地元の人たちが雪の積もる1月から仕込みを始める。通常の日本酒は20~40日ほどで発酵させるが、村のどぶろくは約200日かけるのが伝統的な製法。口当たりはとろりとして濃くて甘い。味や度数は神社ごとに異なるので、飲み比べるのも一興である。

    酒の仕込み量が多い神社では約5000リットルに及ぶ
    酒の仕込み量が多い神社では約5000リットルに及ぶ

    振る舞い酒はお代わり自由
    振る舞い酒はお代わり自由

    祭礼は境内での朝の神事に始まり、獅子舞や旗持ちなどが村内を巡る。午後3時に一行が戻ると、神様にどぶろくを奉納して収穫に感謝し、翌年の豊作を願う。この儀式の後はいよいよ、神社で盃(さかずき)を購入した参拝者にどぶろくが振る舞われる。日が暮れる頃には、村は芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれ、舞台で披露される民謡などの郷土芸能にも酔いしれるだろう。

    獅子舞をはじめ伝統芸能も盛りだくさん
    獅子舞をはじめ伝統芸能も盛りだくさん

    大分「ひょうたん祭り」

    (豊後大野市、12月第1日曜日)

    首に下げたひょうたんには3升(5.4リットル)の神酒が入っている
    首に下げたひょうたんには3升(5.4リットル)の神酒が入っている

    緋色の衣装に身を包み、長さ80センチのひょうたんをかぶった神の化身「ひょうたん様」が練り歩く──。大分県南部、豊後大野市にある柴山八幡社の霜月祭は、この奇抜な神様にちなんで「ひょうたん祭り」と呼ばれる。

    起源は約800年前にさかのぼる。戦乱が続いたこの地に八幡様を迎え入れた際、村人らがひょうたんに詰めた神酒と芸能でもてなし、平和や五穀豊穣(ほうじょう)を願ったのが始まりという。また霜月祭は日照時間が短くなる冬至の頃、弱まった人間の魂に神の気力を注ぎ込む神事でもある。いつの頃からか、祭りはひょうたん様が主役となり、無病息災をもたらす神酒を人々に振る舞うようになった。

    ひょうたん様は地元の元気なお年寄りが務める
    ひょうたん様は地元の元気なお年寄りが務める

    ひょうたんでできた長い烏帽子(えぼし)と巨大なわらじ。世話役の手を借りても、着付けには1時間近くかかる
    ひょうたんでできた長い烏帽子(えぼし=写真右)と巨大なわらじ。世話役の手を借りても、着付けには1時間近くかかる

    当日の昼、ひょうたん様が八幡社を出発し集落を巡幸する。神馬(しんめ)に乗った清者(しょうじゃ)様と神輿(みこし)、獅子舞、神楽などを引き連れた大行列は見事だ。

    驚くことに、ひょうたん様が履く大わらじは片足で重さ10キロ、長さ130センチもある。自力歩行は難しいため、わらじに結んだロープを介添え役に持ち上げてもらいながら、「よいしょ、よいしょ」と一緒に歩く。

    補助されながらゆっくり進む
    補助されながらゆっくり進む

    行列には獅子舞や氏子たちが随行する
    行列には獅子舞や氏子たちが随行する

    沿道の観客から写真撮影を求められると大わらじを上げてポーズをとったり、ぐい呑みやおちょこを差し出す見物人に酒を振る舞ったりと、気前がいいひょうたん様。「ちょっとだけ」と遠慮しても、笑顔でなみなみと注いでくれる。こんな調子だから行列はなかなか進まず、往復2キロほどの巡行は3~4時間にも及ぶ。

    一行が境内へ戻ってくるのは夕方4時ごろ。祭りの喧騒(けんそう)を鎮めるかのように、清者様が神馬を駆って巡行コースを7往復する。その後、境内では獅子舞や神楽が奉納されて、祭りはフィナーレを迎えるのだ。

    流鏑馬(やぶさめ)に由来する神事や神楽で神様をもてなす
    流鏑馬(やぶさめ)に由来する神事や神楽で神様をもてなす

    愛知「うなごうじ祭」

    (豊川市、4月7・8日に近い土・日曜日)

    酒にまつわる故事を再現
    酒にまつわる故事を再現

    愛知県南東部の豊川市にある牛久保八幡社では、若葉祭が春の風物詩。「ヤンヨウガミ」という神様役の男衆が路上にゴロゴロ寝転がるのが見もので、その姿が連想させる尾長蛆(おながうじ)に由来して「うなごうじ祭」の通称で親しまれる。

    500年ほど前の戦国時代、この地の領主が領民をねぎらうため、お城に招いて酒とごちそうをふんだんに振る舞った。村人たちはすっかり酔っ払って、帰り道で寝転がってしまったという。その酔態をユーモラスに再現しており、天下の奇祭として名高い。

    纏(まとい)のような「ダシ」は氏子各組のシンボル
    纏(まとい)のような「ダシ」は氏子各組のシンボル

    巫女(みこ)姿の男児が囃子(はやし)に乗って演じる神兒舞(みこまい)
    巫女(みこ)姿の男児が囃子(はやし)に乗って演じる神兒舞(みこまい)

    2日間の祭りでは日中に、御神体の獅子頭を先頭とする行列が八幡社から町内を巡行する。30キロもある「ダシ」という棒を担いだ若衆が各組を先導し、男児による「神兒舞」を奉納する豪華な山車(だし)や、3人一組の踊り手が胸に着けた太鼓を打ち鳴らして舞う「笹(ささ)踊り」などが続く。

    しんがりは囃子方のヤンヨウガミが務め、「サーゲニモサーヤンヨウガミモヤンヨー」と声を上げて、所構わず輪になってゴロンと横たわる。仲間から手を差し出されるまでは、自分で起き上がってはいけないというルールがあり、しばらく地面をゴロゴロして観客の笑いを誘う。

    笹踊りは大太鼓1人、小太鼓2人で飛び跳ねながら踊る
    笹踊りは大太鼓1人、小太鼓2人で飛び跳ねながら踊る

    本当に泥酔したかのように抱え上げられる
    本当に泥酔したかのように抱え上げられる

    巡行の時には、観客とヤンヨウガミにも酒が振る舞われる。街には魅惑的な酒の匂いと、のどかな雰囲気が漂う。

    本祭の夜は一転して、八幡社に山車や芸能が勢ぞろいする「三ツ車」で熱気あふれるクライマックスへ。笹踊りや神兒舞に加え、少年らが操り人形のような動きで太鼓をたたいたり踊ったりする「かくれ太鼓」が奉納される。興奮が最高潮を迎える中、若衆が威勢よく大地にダシを突きまわして神様に豊作を願うのだ。

    山車で演じるかくれ太鼓は、からくり人形のような所作が見もの
    山車で演じるかくれ太鼓は、からくり人形のような所作が見もの

    ※祭りの日程は例年の予定日を表記した

    写真=芳賀ライブラリー

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