男子テニスで元世界ランク4位の錦織圭は11日、現役引退会見に臨んだ。
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36歳で今季限りでの現役引退を表明している錦織は今月1日、現役最後の公式戦となった木下グループ ジャパンオープンテニス チャンピオンシップス2026(日本/東京、ハード、ATP500)の1回戦で敗れ、現役生活に幕を下ろした。
そしてこの日、錦織の功績を称えるイベント「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2026 with Kei Nishikori」が行われ、イベントには錦織の他に元世界ランク1位のR・フェデラー(スイス)や車いすテニスで同1位の国枝慎吾、G・リード(イギリス)らが登場し、エキシビションマッチなどを行った。
イベント後に錦織は現役引退会見を行った。
【錦織圭の現役引退会見】
Q. 初めに挨拶をお願いします。
A. 今日は皆さん時間を使ってお越しいただきありがとうございます。(ジャパンオープンで)引退を発表したのは1週間前で、たくさん喋ってきたのでまだ言うことがあるかなとかは思っているですけど、今回こうやってユニクロさんに素敵なイベントを開いてもらって、また引退することがより実感が湧いてきました。
こうやって同じ選手であったロジャー(フェデラー)だったり、慎吾さん、ゴードン(リード)にいろんな言葉をかけてもらって、結構晴れ晴れとした気持ちで今を迎えてはいるかなと思います。
日が経つにつれて、自分がもう真剣勝負の試合ができなくなるというのは日に日に感じて、寂しさもあります。でも、これから何ができるかな、何が起こるかなというワクワク感も同時にあったりもするので、今はいろんな気持ちがぐるぐる回って難しい日を過ごしてはいますが、この期間を経てまた自分で成長していけたらいいなと思っています。
Q. 引退後に挑戦したいことは?
今のところ本当にプランが全くなくてです。何かこれから探していきたいなというのと、本当に終わったばかりなので、今までずっと自分のために24時間過ごしてきて、それが少し変わっていくのかなとは思います。何か探していけたらいいなという段階です。
今までできなかった(ことで)、先日、引退して2日目くらいにやったのは、ランチ頼んで、そのあとデザート2つ頼むとか。そういった今までできなかったことを、ちょっとした幸せを自分の中で見つけながら(やっていきたいです)。あとは日本で免許を取りたいなとか…ちょっとあまり記事にならそうなことで申し訳ないんですけど、これからやりたいことを探していきたいなと思っています。
Q. 日本テニス界で第2、第3の錦織圭が出てくるために何が今後必要となるか。
A. 自分の中でもそれを解明していくのは課題です。結構いろんな選手と日本人の中で話しながら探してはいるんですけど、やっぱりどうしてもテニスの場合は主戦場がアメリカだったりヨーロッパが主なので、どうしてもここからヨーロッパにトラベリングするとか、ヨーロッパの選手、海外の選手と練習をして、メンタルを強くするために海外の選手とやらないといけないって考えた時に、やっぱりアジアにいるのはすごく不利です。
アジアでも大会はありますけど、どうしてもレベルがヨーロッパ、アメリカと比べて、同じ賞金だとしても、レベルが低い中で成長できるかって言われると、なかなか今は難しいところがあるのかなとは正直思ってはいます。
一番手っ取り早く成長するためには、自分がやったように海外に出ることだと思います。これは大変ですけど、お金もかかるし、全員ができることじゃないのは分かっているので、そこを自分が手助けなのか、何かできたらいいなとは思っています。現状、日本で育ってプロでやっていくというのは、男子の場合は特に難しいのかなとは思っています。
Q. これから世界に挑戦していく日本の若い選手たちに伝えたいことは?
A. 日本の場合は本当に運がいいことに、すごい強いジュニアの選手、才能のある選手が僕はたくさんいると思っています。ジュニアの頃はもちろん体格も大事ですけど、テニスの技術とかでなんとか戦える部分もあったりします。
成長するにつれて心技体のメンタルが必要になってきたりするんですけど、日本のジュニアは強い選手がたくさんいるので、やっぱりこれをどうにか活かさないといけないと思います。僕は若い頃は特に質も大事だけど、本当にたくさん練習をしないと強くはなれないと思っているので、そこの努力っていう部分では小さい頃からやってこないと厳しいのかなとは思います。
自分に鞭打って、自分ができる最大限の努力を1日1日やっていくということが、どのスポーツにしても大切なのかなと思います。
Q. 引退後の生活をどう感じているか。
A. そこの部分ではめちゃくちゃ解放されました。ちょっとした痛みとか、生活の中でも痛みがあると、やっぱりすごく気にするし、明日の試合に影響するなとか、怪我がまた出てきたなというちょっとしたストレスになっていたのが、ジャパンオープンが終わって痛みがまだあるんですけど、それでも未来に(試合を)やる予定がないから痛くても全然いいなと思えることが、それはすごい楽です。
あと(ドーピング検査を気にせず)ドラッグストアで薬が何でも買えたりとか、本当に現役中は薬局で何一つ物が買えなかったので、風邪を引いたにしても必ず病院に行って飲める薬を出してもらってというのが常だったので、生活は少し楽にはなります。
Q. ジュニア時代に錦織を支援した盛田正明氏への思いは。
僕がこのキャリアを終えるにあたって、本当にたくさんの人にお世話になりました。その中でも一番影響を与えてくれた4、5人くらいの名前の中に、やっぱり盛田会長はいます。
僕はアメリカに行くチャンスをもらったことで、すごく成長できたし、特に島根で生まれて、島根で13歳まで育って、テニスが強くなるためには島根から出ないといけないって親も含め思っていた中で、アメリカに行くチャンスをくれた人でした。
会長は結構厳しいことも言ってくれるので、それに勇気づけられながら頑張れたっていう思いもあります。
1つ悔いが残るとしたら、グランドスラム優勝のトロフィーだったり、大きなトロフィーとかを会長に見せてあげたかったなという思いが、それは今でもずっとありました。
でも今回挨拶行かせてもらって、それも本人に伝えたんですけど、それ以上にやってくれたことは大きいからそんなこと思わなくていいよって言ってくれて、すごく晴れやかな気持ちになりました。
Q. テニスから得られたものは?
良い意味でも悪い意味でもテニスしかやってこなかった中で、いろんな人に出会って、いろんな人と対戦して成長できた部分もすごく多かったです。
テニスとは何だったんだろうって考えた時に、自分のめちゃくちゃ長い青春時代をテニスに全部注げたなってすごく思います。
これは地球上の全員がたぶんできるわけではないし、こうやって1つのことに自分の人生を注ぎ込めるっていうのは、それは辛いこともあったし、楽しいこともあった中で、それも含めこれに没頭できた時間っていうのは本当に幸せだったなって改めて思います。
いろんな経験を得て僕も強くなったし、特に怪我をたくさんした中で、怪我から復帰するためにどれだけ地味な生活をして、また強くなるために頑張れたこの時間っていうのは、たぶん自分をすごく成長させてくれたと思います。
もちろん怪我がなければそれはそれで良かったですけど、怪我をして得られたこともたくさんあったと思うので、こういう気持ちだったり、自分が経験してきたことを特に若い世代にシェアできたらいいなと思います。
Q. テニス界や日本の皆さんにどのような選手として記憶されたいか。
A. アジアナンバー1のテニス選手になれたことをとても光栄に思っています。
もちろん、僕は(松岡)修造さんやマイケル(元コーチのチャン氏)も含め多くのアジア出身のテニス選手を目標にしてきました。
僕自身が多くのトップ選手を目標にしてきたように、若い世代の選手たちが僕のことを覚えていてくれたり、後に続いてくれたりしたら嬉しいです。
そして、アジアのテニス界がさらに発展することを願っています。簡単なことではないと分かっています。後に続くトップ選手がそれほど多くいませんし、トップ10に入った選手は僕くらいでした。
厳しい状況ではありますが、トップ50やトップ30に入る選手を増やすために、何らかの形で貢献できればと思っています。それが今後の目標になるかもしれません。
Q. ジャパンオープンのセレモニーには元コーチなどの姿もあったが、彼らへの思いは?
A. コーチを比べるのも申し訳ないし、みんなのちょっとずつの力添えのおかげで僕の今があるのであまり言うべきではないかもしれないですが、やっぱりマイケルの存在は僕の中では大きくて、彼が一番自分に刺激を与えてくれたし、テニスも変えてくれたし、人間としても成長させてくれたのが彼だったので、彼がセレモニーにわざわざ来てくれて同じ時間をあの時過ごせたのはすごく嬉しかったです。
同時にダンテ(元コーチのボッティー二氏)もIMG(アカデミー)で一緒にずっと練習してきて、大事な時間をともに過ごしました。
(セレモニー後に)パーティーというかみんなで集まったんですけど、ダンテが号泣しちゃって喋れなくて、それくらいの気持ちでずっと過ごしてくれていたんだなっていう、ものすごい感慨深いものがありました。
Q. 今回のイベント後の会見でフェデラーが引退後に色々な人から話を聞いてみてほしいと言っていたが、誰に話を聞いてみたいか。また、引退後のキャリアとして考えていることやロールモデルはいるか。
A. それ(フェデラーの言葉)はすごく刺さっています。僕も引退してからそういう思いはありました。いろんな人に会ってみたいなとか、今までテニスをずっとやってきてあまりたくさんの人に出会う機会がなかったですし、そういうのも得意ではなかったし、基本的には家で過ごしていたので、やっぱりこれからどんどん何をするにあたっても、いろんな人の話を聞いて、会って意見を聞いてというのはすごく大事なことだと思います。それは自分が得意なことではないですけど、やっていきたいなと思っています。
(引退後にコーチとしてアルカラスをトップ選手に育てた)フェレーロみたいに(キャリアが)終わってすぐ遠征にジュニアと回って、聞いた話ですけど小さい国わざわざ遠征に行ってそこでしっかり教えてというのは、今はそれは100パーできないです。
でもやっぱりいずれは先ほども言った通り、アジアの選手にトップに行ってほしいですし、テニスに関わりたいなという思いは少なからずあるので、それがどういう形で自分ができるのかというのを探していきたいです。
それが日本でアカデミー、テニスクラブをやるのか、僕は盛田会長に海外に行かせてもらえる機会をもらったので、そういう自分のファンドなりジュニアに貢献していけるような仕組みを作っていくのか、たくさんやりたいことが将来的にはあるなとは思うんですけど、それもじっくり今すぐにというわけではないですけど、何が正解で、何が一番早くトップ選手に日本のジュニアを近づけられるかなっていうのも、いろんな人に相談しながら…誰ですかね。高市総理かな(笑)どうしよう、今の使われたら(笑)
Q. イベント後にフェデラーがアジアで誰も成し遂げてこなかったことを達成したと言っていたが、自身の挑戦で達成できたことは何パーセントで、何が残っていたか。
A. あまり言いたくないですけど、50くらいですかね。100と言いたいところですけど。
僕は幸いにも海外に行って戦っていたと言いましたけど、やっぱり世界のトップ選手を見て育ったので、日本ナンバー1になるとか、アジアナンバー1になるとかというのがあまり嬉しくもなかったし、やっぱりトップを目指していたので、そこを考えたこともあまりなかった中で、さっきフェデラーに言われて、確かに僕はそこは頑張ったなとは我ながら思いました。
アジアの目標とする選手がいない中で、それを押し上げていけた、この体格でできたというのは、そこは評価できる部分ではあるかなとは思いますけど、自分の目標としていた1位だとかグランドスラム優勝だとか、せめてマスターズ1000取りたかったなっていうのは、そこはものすごく悔いは残っています。
マイケルだとかいろんな選手に話すんですけど、やっぱりそこは自分の中で劣等感が他の選手に対してちょっと劣っているなって部分ではあったので、そういうのをみんなに話すと、そんなことないよとは言ってくれるけど、やっぱり自分の中ではそこはどうしても悔いは残っています。
Q. ファンへのメッセージをお願いします。
今まで応援してくれてありがとうございました。
先ほども言いましたけど、日本人としてこうやってテニスをまた話題にできたこと、そしてたくさんの人がテニスを好きになってくれて、応援してくれて、自分もここまで頑張れたと思います。
僕と、最近では(大坂)なおみちゃんも日本を背負って一緒に戦ってきて、もうちょっと日本でテニスを大きくさせたかったなという思いはありますけど、これからまた新しい坂本(怜)君だったり、新しい選手も出てきている中で、そのサポート(をしていけたらと思います)。
テニスもそうですし、スポーツというものが今まだヨーロッパとかアメリカではものすごく大きな価値のあるものですけど、それをもっともっと日本でもスポーツの価値を上げていけるような活動ができたらいいなと思います。
ありがとうございました。 
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