広島育ちでプロ野球は無論、カープファン。小学校のころから父と市民球場のベンチ席でうどんを食べて応援。この話になると、表情が柔らかくなる(撮影:狩野喜彦)
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日本を代表する企業や組織のトップで活躍する人たちが歩んできた道のり、ビジネスパーソンとしての「源流」を探ります。AERA 2026年10月12日号より。
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2013年2月、インド東端のコルカタにあるポリエステルの原料、高純度テレフタル酸をつくる子会社の社長になった。1998年に赴任して、約400億円を投じて工場を建設。市場開拓の責任者も務めて約3年いて以来、2度目のコルカタ勤務だ。
1度目は、駐在予定だった先輩が糖尿病になって、代わりに選ばれた。中学校から大学まで続けた水球で鍛えた体力と精神力を、見込まれた。この水球で得た体力と精神力と父から継いだ自由さが、筑本学さんのビジネスパーソンとしての『源流』だ。
水球は水泳とハンドボールを合わせたような競技で、練習はプールでバーベルを持って足で水をかき、浮き沈みして耐久力を付ける。厳しいけど、性に合っていた競技だ。
「水中の格闘技」と言われるように、みえないところで相手に殴られ、蹴られ、水泳パンツをつかまれるなど当たり前。もちろん、みつかったら反則で、相手のフリースローになる。ラフプレーは、プールから出される「退水」だ。
11年ぶりのインドは、経済が発展していた。だが、高純度テレフタル酸の売上高は年間1千億円ほどで、130億円の赤字。1度目の駐在から帰国した後に工場が増設されたが、作業力に足りない点もあってうまく動かず、「再建役」が責務だった。業績がそこまで悪くなるのに10年かかっていたから、立て直しにも10年を覚悟した。
再度のインド駐在に上司が宣告した「きみしかいない」
インド駐在へ再びいく前、東京の本社でヘルメットなどに使う衝撃に強く硬い樹脂の事業部で、赤字からの「再建役」を務め、部員たちと合理化を重ねてコストを50億円減らした。すると、常務に呼ばれて「悪いけど、もう一回、インドへいってくれるか」と言われる。これも「再建役」で、「また僕ですか、他にいないのですか」と言うと「筑ちゃん、きみしかいない」と宣告された。
硬い樹脂の事業部の再建で、実は体を壊して3カ月、酒も飲めなかった。くたびれて、インドへ転戦するときに家族へ「悪いけどもう1回、インドへいかなければいけない。10年くらい、帰ってこないかもしれない」と言うと、娘が「お父さん、本当に死んじゃうのじゃないの」とボソッと言ったのを、忘れていない。
2度目のインドへいって驚いたのは、人心が乱れ、工場にはティーバッグが散らばっている。経営は、会社の尊厳を守りながら厳格に運営することが大事だが、全くできていない。工場が動いている土曜日に、これはと思う人間や班長らから昼食を取りながら「何が問題と思うか」を聴いて、解決策を考えさせた。
現場も歩いて「何を困っているか」と尋ね、故障したまま放置されていた10台以上のフォークリフトの修理を手配し、壊れていた守衛室の扇風機もいすも直させた。そういうことを一つずつしてあげたら喜ばれ、士気も上がった。
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スポーツと友だちを勉強よりも重視した父の自由さが「水源」
