フランス各地に大規模なデモが広がっている(写真は10月18日パリで、写真:ロイター/アフロ)
(英エコノミスト誌 2026年10月24日号)
暴力で得をするのは極右・極左勢力だ。
フランス中部の都市リモージュでは、19世紀に建てられた市庁舎の時計台と屋根が放火によって焼け落ちた。南東部のマルセイユでは、「カスール(casseur、破壊者の意)」と呼ばれる暴徒が市庁舎に乱入した。
南西部のボルドーでは、フードが付いた服を着た略奪者がルイ・ヴィトンや近辺の店舗のショーウィンドウを割り、ハンドバッグやスニーカーなど隠してあった品々を持ち去った。
街角では薪のように積まれた電動スクーターが焼かれた。街中に黒い煙が立ち上った。フランス全土で2000人以上が拘束された。
「今夜、私たちは皆怒り、恥じ入っている」
ペルシャ湾岸を訪問すべくジェット機に乗り込む前に、エマニュエル・マクロン大統領はテレビ演説でそう語った。
大きな動乱はフランスでは珍しくない。だが、暴力を伴う街頭での反乱に動じない国にとっても、10月17日夜の出来事は衝撃的だった。
破壊行為が立て続けに行われたのはなぜなのか。
マクロン氏は2018~19年に「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動」が盛り上がった時、暴力的なデモに数カ月間見舞われた経験を持つ。
しかし、今回は市街地の破壊行為と当局の無力の組み合わせが当時よりもひどかった。
暴動は政府の中枢の麻痺と中道政治に対する信頼の失墜を象徴しており、分断がさらに深まる素地を作った。
来年春の大統領選挙で、有権者は右派ポピュリストのマリーヌ・ルペン氏か左派ポピュリストのジャン・リュック・メランション氏のどちらかを選ばねばならないかもしれないのだ。
今回の騒乱は、人々が憤慨する材料が世間にごろごろ転がっていたことと、警察の対応が適切でなかったことの結果だった。
ローラン・ヌニェス内相は警察が事態を「制御できなくなった」ことを認めており、議会による調査が始められている。
平和的な抗議デモに便乗した「ブラックブロック」
デモの参加者は3つのグループに大別される。
第1のグループは、教育への投資不足と生活費の高騰について平和的に抗議していた学生、教員、労働組合員など計50万人だ。
大学生のポリーンさん(20歳)は「カスールのせいで、私たちの運動の信用が損なわれている」と不満を露わにした。
聞けば彼女は、教室に入れられる学生の数が多すぎることからガソリン価格の高騰、警察の抑圧にまで至る「あらゆること」に抗議していた。
そのリストには不人気な大統領の名前も載っていた。バス停の風よけパネルは打ち砕かれ、その近くには「Macron, t’es mort(マクロン、おまえはもう終わりだ)」と読める落書きがあり、そのまた隣には「ACAB(all cops are bastards=おまわりはみんなロクデナシ)」と書かれていた。
第2のグループは、デモに潜入してきた歴史を持つカスールだ。
フード付きの黒い服に身を固め、スキーゴーグルとマスクで顔を隠すことも多い彼らは、ケンカをふっかけようとしていた。
2023年に議会がまとめた報告書によれば、フランスにはそのような極左グループのメンバーが600~800人おり、その多くは反資本主義のアナキスト(無政府主義者)だ。
俊敏で身を隠すのがうまく、警察の目を逃れる術に長けている。
2023年の抗議行動後に拘束された「ブラックブロック」と呼ばれるカスール48人のうち、85%は男性で、75%は33歳未満だった。報告書によれば、ほとんどが高い教育を受けており、貧しいわけでもなかった。
この当時、警視総監としてパリ警察を率いていたヌニェス氏は、カスールの狙いは「システムを転覆させるために騒ぎを起こすこと」だと述べていた。
日和見的な略奪者、警察対応に不備
第3のグループは騒乱に乗じた略奪者だ。
動画アプリの「TikTok(ティックトック)」では、壊された店舗に若者を案内するメッセージが共有された。
ボルドーでは、1人の若い男性が盗んだ品を買い物カゴに入れ、漫然と振り回していた。略奪したナイキのスニーカーの箱を捨て、中身だけを持って走り去った者もいた。
盗品は数時間のうちにオンラインで売りに出された。
ある商品の説明には「デモの最中に盗んだジャンパー」との但し書きがあり、その後、ウェブサイトの運営者により取り下げられた。商店や企業の略奪・破壊はおよそ3000件に上った。
公安当局が事前に予測したデモの参加者は20万人。実際の人数はその2倍を超えた。
配置された警察官は約6万人で、黄色いベスト運動の抗議行動が最も激しかった時期のそれより3分の1ほど少なかった。
以前の抗議行動では警察の蛮行が批判された。今回は、商店主らが警察に見放され、自分で身を守らなければならなくなったことに激怒している。
市街が平穏を取り戻したのは、セバスチャン・ルコルニュ首相がボルドー、パリ、マルセイユなどの都市に部分的な夜間外出禁止令発動を認めた後のことだった。
10月24日に計画されている次の抗議行動では、軍の兵士も警備を手伝うことになった。
