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    宇佐美彰朗氏が死去 68年メキシコからマラソンで五輪3大会連続出場、東海大名誉教授など歴任

    宇佐美彰朗氏が死去  68年メキシコからマラソンで五輪3大会連続出場、東海大名誉教授など歴任

    3大会連続で五輪マラソンに出場した宇佐美彰朗氏(2007年撮影)

    男子マラソンで五輪3大会連続出場を果たした宇佐美彰朗氏が10月26日、がんのため死去した。83歳だった。

    1943年5月31日、新潟県西蒲原郡吉田町(現・燕市)に9人きょうだいの三男として生まれた。中学時代はバスケットボール、巻高ではソフトテニスに取り組み、陸上を始めたのは日大に入学してからだった。1年時は同好会だったが、2年時から陸上競技部に入り、箱根駅伝には3度出場。3年時の1965年(第41回大会)には9区区間賞で総合優勝に貢献している。

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    大学卒業後はリッカーに進み、在学中から挑戦していたマラソンで活躍。五輪には9位だった1968年メキシコ大会を皮切りに、1972年ミュンヘン(12位)、1976年モントリオール(32位)と3大会連続で出場を果たした。このほか1970年から71年には福岡、アテネなど国際レースで4連勝を飾るなど、輝かしいキャリアを残した。自己ベストは1970年2月の国際選手権(現・福岡国際マラソン)で出した2時間10分37秒8で、当時世界歴代3位。

    ランナーとしてだけではなく、研究の面でも力を注ぐ。日大大学院で体育学を学び、ドイツ・ケルン大にも留学。理論と実践を重ね、フォーム改良、シューズの研究にも携わっている。

    日大講師、東海大体育学部助教授などを経て、東海大体育学部教授、同名誉教授を歴任。日本陸連強化委員、日本盲人マラソン協会理事、日本学生トライアスロン連合理事・会長、NPO法人スポーツ・ボアンティア・アソシエーション理事長などを務め、マラソンだけでなくスポーツの普及・発展に貢献した。

    男子マラソンで五輪3大会連続出場を果たした宇佐美彰朗氏が10月26日、がんのため死去した。83歳だった。1943年5月31日、新潟県西蒲原郡吉田町(現・燕市)に9人きょうだいの三男として生まれた。中学時代はバスケットボール、巻高ではソフトテニスに取り組み、陸上を始めたのは日大に入学してからだった。1年時は同好会だったが、2年時から陸上競技部に入り、箱根駅伝には3度出場。3年時の1965年(第41回大会)には9区区間賞で総合優勝に貢献している。大学卒業後はリッカーに進み、在学中から挑戦していたマラソンで活躍。五輪には9位だった1968年メキシコ大会を皮切りに、1972年ミュンヘン(12位)、1976年モントリオール(32位)と3大会連続で出場を果たした。このほか1970年から71年には福岡、アテネなど国際レースで4連勝を飾るなど、輝かしいキャリアを残した。自己ベストは1970年2月の国際選手権(現・福岡国際マラソン)で出した2時間10分37秒8で、当時世界歴代3位。ランナーとしてだけではなく、研究の面でも力を注ぐ。日大大学院で体育学を学び、ドイツ・ケルン大にも留学。理論と実践を重ね、フォーム改良、シューズの研究にも携わっている。日大講師、東海大体育学部助教授などを経て、東海大体育学部教授、同名誉教授を歴任。日本陸連強化委員、日本盲人マラソン協会理事、日本学生トライアスロン連合理事・会長、NPO法人スポーツ・ボアンティア・アソシエーション理事長などを務め、マラソンだけでなくスポーツの普及・発展に貢献した。

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