
2026年10月20日4時41分、先端にMMXを搭載し飛び立つH3ロケット10号機。
火星圏を目指す、前代未聞の野心的な探査機が2026年10月20日4時41分、JAXA種子島宇宙センターから飛び立った。その名は火星衛星探査計画MMX(Martian Moons eXploration)。火星の衛星フォボスに着陸し、砂を採り、5年後に地球に持ち帰るという世界初の難しいミッションに挑む。
日本の探査機で過去最大の大きさと重さをもつMMX(重さ4480kg、高さ5.3m×幅4.5m)を火星に向け送り出すのは、H3ロケット最強型(24形態ロングフェアリング)。発射後に驚いたのは光の強烈さだ。満天の星が見守る暗い夜空に突如、太陽のような眩い光があらわれ海を、周囲の人々を真昼のように照らし出す。固体ロケットブースタ4本の威力は絶大だ。遅れてバリバリバリと大地をとどろかす轟音がやってくる。あまりに神々しいその光と轟音、振動に足ががくがく震える。上昇する太陽は、そのうち赤っぽい光の点になり火星を目指し飛んで行った。「行ってらっしゃい! MMX」と心の中で呼びかける。
肉眼で見えなくなったあともH3ロケットは加速を続ける。火星を目指すには地球の重力を振り切る必要がある。そのためには第2宇宙速度(秒速約11.2km)まで加速しなければならない。H3ロケットは地球周回衛星を打ち上げる時より長く燃焼を行い、打ち上げから約1時間11分後、MMXを分離。予定の軌道に投入した。成功だ!
打ち上げから約3時間後に行われた記者会見で、H3有田誠プロジェクトマネージャは安堵の表情を見せた。火星圏に探査機を打ち上げるチャンスは、地球と火星の位置関係から2年に1回しか巡ってこない。当初は2024年度に打ち上げ予定だったMMXは、H3ロケットのトラブルで2026年に延期されている。「プレッシャーはありました。ようやく川勝さん(MMXプロマネ)との約束を果たせた。2年(打ち上げを)お待たせして、さらに2年後にならないように、昨年末のH3ロケット8号機失敗後に『リカバリーを半年のうちにやる』と決めたのもMMXのことが頭にあったから」とその重圧を吐露した。

打ち上げ後会見で。左から三菱重工業 北山治H3プロジェクトマネージャ、JAXA 有田誠H3プロジェクトマネージャ、JAXA 川勝康弘MMXプロジェクトマネージャ、三菱電機 上原晃斉(あきなり)MMXプロジェクト統括部長。
一方、MMXの川勝康弘プロジェクトマネージャは「今回RCC(総合司令棟)に初めて入った。節目節目でH3の方たちが『よし!』とか『OK!』というので、だんだん大船に乗った気持ちに。分離が終わったところで、MMXの通信を確保してちゃんと運用しないといけないとプレッシャーでドキドキしたが、MMXも計画通りでホッとしています」と嬉しそう。
開発・製造に携わった三菱電機の上原晃斉MMXプロジェクト統括部長は「長い期間色々な苦労があったが、長い旅を始める第一歩を迎えることができて安心した。これから困難な旅をしっかりと、新たな気持ちで取り組んでいきたい」と決意を語った。

最初の難関はMMXの火星周回軌道投入(イメージ図)(提供:JAXA)
さて、MMXは火星を目指す旅に出た。来年の8月頃には火星周回軌道に入る予定だが、その旅は三菱電機・上原さんが言う通り、チャレンジの連続だ。そもそもMMXとはどんなミッションなのか、説明しよう。
MMXは火星に2つある月(衛星)フォボスとダイモスのうち、火星により近いフォボスに着陸し、砂を採り、地球に持ち帰るミッションだ。目的は大きく2つ。まずは火星衛星の起源の解明。フォボスは火星のすぐ近くを回るジャガイモ型の小さな衛星で、どうやってできたのか未だわかっていない。現在2つ説がある。①火星に小天体がぶつかってその破片が集まってできた「巨大衝突説」。②遠くからやってきた小天体が火星の重力に捕まった「捕獲説」だ。フォボスの砂を調べることで、その2つの説のどちらか決着がつくとみられる。さらに火星や地球に水や有機物がどうやってもたらされたか、ヒントが得られるかもしれない。
2つ目の目的が探査技術の獲得。アルテミス計画では月から火星を目指すことが目的に掲げられているが、フォボスは火星探査の拠点として有望だ。人が行く際の放射線環境も気になる。まずは火星圏への往復技術を確立する。フォボスの探査は過去にロシアなどが挑戦しているが、まだ成功していない。「太陽系で最も重要な未踏の地」とされる。
個人的注目は、フォボスの砂に0.1%の割合で火星から飛来した砂が混じっている可能性があること。もしかしたらその中に生命の痕跡が!? と期待が高まる。
今後の注目ポイントは大きく3つ。①2027年夏に行われる火星周回軌道投入、その後のフォボスへの擬周回軌道投入。②3年間フォボス・ダイモスを観測する間に最大2回の着陸に挑む。③2030年に火星圏を出発し2031年に地球にサンプルを持ち帰る。
最初の難関は①火星周回軌道投入だ。実は日本は惑星の軌道投入について苦い過去がある。1998年に打ち上げられた火星探査機のぞみは地球を脱出する際、推進系の不具合などがあり火星軌道に投入できず。2010年に打ち上げられた金星探査機あかつきは主エンジンの故障で初回の金星軌道投入に失敗した(5年後、姿勢制御用エンジンで投入成功)。
川勝プロマネ曰く「(「のぞみ」と「あかつき」は)それぞれ難しい不具合だが、原因究明し再発しないよう対策した。惑星の周回軌道投入は、決められた瞬間にできないと惑星間軌道に飛んで行ってしまう難しさがある。そのため運用についても、正常でないことが起こる可能性を早い段階から検討してきた。設計と運用についてできるだけリスクを下げる努力はしてきたが、(火星軌道投入は)クリティカルなイベントであることは変わりない。緊張感をもってやっていきたい」と説明する。
2027年8月に予定される火星軌道投入がうまくいけば、フォボスの擬周回軌道に投入するのはその約1~2か月後。3年間の滞在期間のほぼ真ん中で着陸に挑む。まずはドイツとフランスが開発した探査ローバーを着陸させ、フォボス表面を探査。その後、いよいよサンプル採取だ。科学チームからMMXのサンプル採取について「フォボスの地下2cm以上深い場所から10gの試料をとること」という難易度の高いオーダーがあった。10gは小惑星探査機「はやぶさ2」の当初目標0.1gの100倍の量だ(実際は約5.4g採取)。そこでMMXではしっかりフォボスに着陸し、ロボットアームを使う採取方法を新たに開発した。サンプル採取に許される時間は約90分。フォボスの昼の間(約3.5時間)に作業を行うためだ。

フォボス表面でサンプルを採取するMMX(イメージ図)(提供:JAXA)
まずは着陸。月のピンポイント着陸に成功したSLIMの画像照合航法を使い、火星衛星フォボスの目標地点に対する誤差10m以内の範囲に着陸する。着陸地の選定条件は「傾斜が10度未満の場所で、30cm以上の凸凹がないところ」と川勝プロマネ。つまり着陸機が不安定な状態にならない場所を選ぶ。科学の観点では、フォボスの事前観測から色合いが異なる場所(青い場所と赤い場所)が見つかっている。色の違いは物質の違いか宇宙線の当たり方の違いを表している可能性がある。2回の着陸でそれぞれ色の異なる場所を目指す。
着陸に成功したMMXはまず表面の状態を把握する。格子状の模様を投影するレーザーをフォボス表面に照射する。石やくぼみがなければ格子がそのまま映るが、凸凹があれば格子模様が乱れる。その模様から地形を三次元で把握する。
その情報から地上側でサンプル採取地点を選び、MMXに送る。するとロボットアームがどの関節をどのくらい曲げればいいかを自分で判断して、サンプリング装置(コアラー)を目的の位置に運ぶ。コアラーを突き刺す前に、アーム先端のカメラで地表の様子を確認。大きな岩のない場所を見つけたら、次にピックと呼ばれる管を突き刺し、地面の下にも大きな岩がないことを確認。その上で、ようやくコアラーを突き刺す。コアラーは二重構造になっていて、外側はスコップの役割をはたす。内側にサンプルが入ると、ロボットアームで内側の筒だけ引き抜いて帰還用のカプセルに収納するという仕組みだ。
地球から火星への通信は片道約15分~20分かかる。往復で約40分となると制限時間90分の半分近くを通信にとられてしまう。そのため、サンプル採取の際に地上と交信するのは採取地選定の1回だけ。あとはMMXが自分で判断して行動する。賢い探査機なのだ。
最大2回の着陸とサンプル採取を行った後、MMXは2030年に火星圏を出発。2031年にオーストラリアのウーメラ砂漠にお宝が詰まったカプセルを届ける予定だ。

MMXは大きく3つのパートに分かれる。写真上の着陸脚がついているのが探査モジュール、真ん中が地球まで採取したサンプルを運ぶ復路モジュール、下が火星周回軌道投入後に切り離される往路モジュール。(提供:三菱電機)
MMXは数年にわたる概念設計を経て、2020年に本格的なプロジェクトが始まった。設計・開発を担ってきた三菱電機の上原さんに、MMXの注目点を聞いた。
「MMXの一つ一つの形状、使っている機器はすべてミッションを成功させるために考えられてきたもの。特殊な形やくびれなどを見て頂きたい。それをふまえた上で特に注目してほしいのは、火星衛星フォボスへのピンポイント着陸。月のピンポイント着陸に成功したSLIMの技術をMMXにも応用していく。それから一番開発に苦労したのが着陸脚です。
(重力の小さな)フォボスの上に、バウンドせず転倒せず、しっかり着陸させるために着陸脚の開発に取り組んできました。そのあたりを特に注目してみて頂ければ」。

MMXの探査モジュールと復路モジュール。作業中の人と比べると、その大きさがわかる。(提供:JAXA)
具体的にはフォボスの重力が非常に小さいため、探査機が地面に触れたときに転倒しやすく、はね返りやすいリスクがある。そこで着陸脚を大きく広げ、MMXの重心を低くし転倒しにくい構造にした。また着陸時の衝撃を吸収する緩衝装置が備えられている。緩衝材のアルミハニカムをつぶすことで着陸時の衝撃を吸収するが、比較的小さい荷重でも潰れる緩衝材を開発、はね返りにくくしている。さらに平坦な場所だけでなく、傾斜や凹凸のある地面への接地も想定し、地上試験で確認しているそうだ。

「MMX 火星衛星探査計画」監督・脚本の上坂浩光さん。打ち上げ前日、種子島宇宙センターの宇宙科学技術館で。
火星の周回軌道投入、フォボスへの着陸、サンプル採取、地球への帰還。どれをとってもチャレンジングでサンプルの地球帰還までの5年間、ハラハラドキドキのミッションになることは間違いない。果たして私たちは、フォボスのどんな映像が見られるのだろうか。
その予習にうってつけのプラネタリム番組がある。上坂浩光監督・脚本の作品「MMX 火星衛星探査計画」(港区立みなと科学館、倉敷科学センターほかで上映中)だ。打ち上げに先立ち、種子島内で上映会が行われた。MMXミッションが映像でわかりやすく理解できるだけでなく、特筆すべきは宇宙へ挑む人間のチャレンジの尊さが描かれている点だ。
映像の冒頭はH3ロケットの打ち上げ失敗から始まる。「失敗には衝撃を受けたが、見ないふりをしてはいけないと思った。失敗から立ち上がって成功することが一番大事なこと。これを描かずして(作品は)成り立たない」(上坂監督)。火星探査機のぞみなど過去の挑戦も辿った上で、MMXの火星軌道投入、サンプル採取の難しさ、その価値が詳しく描かれる。特にMMXがフォボス表面から見る巨大な火星、その先に小さく青く輝く地球の映像は感動的だ。「MMXからこんな画像が届くのだろうか」と想像が膨らむ。
MMXが火星圏から送ってくる映像で期待されるのが、NHKとJAXAが共同開発し、MMXに搭載したスーパーハイビジョンカメラ。探査機の進行方向を撮影する8Kカメラと、側面方向を撮影する4Kカメラの2台があり、火星に向かう際の星空、フォボスへの着陸や地表の様子などを撮影予定だそう。楽しみ!

「火星に行けるなんていいなぁ」と羨ましそうにMMX&H3ロケットを見守る小山勇人君。
MMX打ち上げには全国から宇宙ファンが訪れた。10月19日にMMXが搭載されたH3ロケットが大型ロケット組立棟から姿を現し、発射台に運ばれる様子を見守っていたのが熊本市から訪れた小山勇人君(小2)家族。「火星に飛んで行けるっていいなぁ」と呟きながらロケットを見つめる。将来はJAXAに入り、ロケットを飛ばしたいそうだ。

大阪から訪れた柿内さん一家。晃星君は一眼レフでロケット撮影に挑戦!
大阪から訪れた柿内晃星君(小5)真星さん(小2)一家は、恵美之江展望公園で夜中2時から一睡もせず待ち続けた。打ち上げの瞬間は「ゴーッ」という地響きのような轟音、服がビリビリと震えるほどの振動に圧倒されたそう。夜空が一瞬で朝になったかのように明るく染まった光景にも、目を輝かせて大興奮。
「種子島を訪れ、ロケット打ち上げの本物の迫力を肌で感じられたことは、家族それぞれにとって計り知れない刺激と素晴らしい経験になりました」と父親の雄大さんは語る。延期の可能性があるロケット打ち上げを種子島で見ることは、簡単ではない。でも家族で感動を共有した経験は、その後の人生の宝物になるだろう。子供たちの「好き」を大切に、ご家族みんなで生き生きと宇宙を楽しんでいる様子に、嬉しくなった。
火星への旅は始まったばかり。火星を目指すように飛ぶH3ロケットの光跡をとらえた素晴らしい写真を、かわさき宙と緑の科学館の田中里佳さんが撮影に成功されたのでご紹介。MMXが5年後に地球にサンプルを持ち帰るその日まで、壮大なチャレンジに注目し続けましょう。

「見学場所(発射台北側の恵美之湯)からは、火星のすぐ下を通るように見えるルートで、まさに『いってらっしゃい!』の気持ちで見送りました。まるで木星を突き刺すように飛んでいき、ちょうどロケットを挟むように左右に流星が流れました。MMXの旅の始まりを地球も一緒に祝っているような、不思議な気分になりました」と田中さん。ロケット光跡のカーブが下がりかけた付近、一番明るいのが木星、その右斜め上に火星が見える。(提供:田中里佳)
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