(CNN) 数十億年前の地球において、生命誕生のきっかけとして彗星(すいせい)が重要な役割を果たしたとする一般的な説が崩れる可能性が出てきた。新たなコンピューター・シミュレーションの結果が、数十年にわたって科学界で信じられてきた理論に異議を唱えている。
今回の研究結果が示すところによれば、氷の天体である彗星が運んできたとされる壊れやすい有機分子は、衝突の衝撃で破壊されてしまうとみられる。これは少なくとも1961年まで遡(さかのぼ)る「生命の起源」にまつわる定説を覆すものだ。生命の材料が宇宙から飛来したとするより広範な考え方はさらに歴史が古く、「パンスペルミア説」として1908年に科学的な仮説として提唱されていた。
太陽系内に近づきつつある彗星を描いたアニメーション/NASA/JPL-Caltech
地球上の生命には複雑な有機分子が必要だが、初期の地球に生命の構成要素を生み出す化学反応(前生物的化学)に必要な原材料が十分に存在していたかどうかは明らかではない。彗星は塵(ちり)と氷で構成されているが、有機物も含まれていることが知られている。こうした組成から、彗星は「汚れた雪玉」とも呼ばれ、地球の表面に水や有機分子をもたらしたのではないかという説が科学者たちの間で唱えられてきた。
学術誌「サイエンティフィック・リポーツ」に10月28日に掲載された新しい研究によると、40億年以上前の地球の初期には、直径100メートルを超える10万個以上の彗星が地球に激しく衝突した可能性があるという。しかし、そうした衝突のほとんどは、生命の誕生に必要な分子が耐えられるような規模ではなかった。
研究チームは、彗星の形成と進化に関する最新のモデルを用い、地球の初期に当たるこの期間を10万回シミュレーションした。英ケンブリッジ大学天文学研究所で博士課程在籍中に本研究を実施し、研究論文の筆頭著者を務めたリチャード・アンスロー氏は、「初期地球の表面環境に関する知見に基づくと、シミュレーションの結果、生命誕生につながるような衝突は一度も発生しなかったことがわかった」と述べている。

2015年1月に観測されたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星(67P)のような彗星は、大量の塵やガスを放出する/ESA/Rosetta/NAVCAM
彗星には生命の誕生に不可欠な分子が豊富に含まれているが、シミュレーションの結果からは、彗星の衝突速度が速すぎるため、それらの分子を地球上にうまく届けることはできないことが判明した。アンスロー氏は、「地球に衝突する彗星の一般的な速度を考えると、有機分子を壊さずに届けられたものは、あったとしてもごくわずかだろう。つまり、彗星は生命誕生前の化学反応において、従来考えられていたほど有用ではない可能性がある」と指摘した。
「成功した衝突が皆無だったと断言することはできない。極めて稀(まれ)に、偶然の衝突があった可能性は残る」とアンスロー氏は述べつつ、そうした偶然が成立するためには液体の水が存在し、生命維持に必要な他の化学物質も揃っているといった、いくつかの重要条件を満たす「完璧な配置」で衝突が起きる必要があった。こうした条件がすべて重なることは考えにくく、全体として見れば彗星が生命の起源に関与した可能性は低いと同氏は付け加えた。
彗星に代わるもの
本研究は、シアン化水素(HCN)という自然界に存在する化学物質に焦点を当てている。これは生命誕生前の化学反応における重要な前駆物質であり、ハレー彗星やヘール・ボップ彗星をはじめ、これまでに数十個の彗星で検出されている。
水素、炭素、窒素から構成されるHCNは、水と結びつくことでアミノ酸を形成する可能性がある。アミノ酸はたんぱく質を構成する分子。他の研究でも、HCNは地球における生命の起源を解明する鍵となる物質の一つとして注目されてきた。
アンスロー氏は、「彗星は地球に衝突する際、非常に高い温度と圧力にさらされる。近年の研究では、こうした高温・高圧環境や、その後の衝突の衝撃によって、生命の材料となる分子の多くが破壊され得ることが明らかになっている」と説明する。
研究チームは、仮にうまく衝突したとしても、生命の材料となる化学物質が十分な濃度で供給される可能性は低く、もし海に衝突した場合には、すぐに拡散・溶解してしまうだろうと論じている。

シアン化水素(HCN)はこれまでハレー彗星をはじめとする数十個の彗星で検出されている
/NASA Jet Propulsion Laboratory/California Institute of Technology
また、生命誕生前の化学反応が起こるためには、リンや硫黄を含む化合物など、他にも多くの前駆物質が必要となるが、これらは彗星には通常含まれていないとアンスロー氏は指摘した。
アンスロー氏によれば、もし彗星が地球に生命の構成要素をもたらしたのではないとしても、他に探求すべき有望な説はいくつか存在するという。古くからある別の説として、地球の「原始スープ(生命誕生前の有機物が溶け込んだ海)」それ自体が、生命に必要な分子を合成した可能性がある。その他、小惑星が有機物の供給源だったとも考えられる。小惑星は地球に飛来する頻度が高く、かつ衝突速度も比較的遅かった。アンスロー氏は、小惑星ベンヌやリュウグウから採取されたサンプルの分析結果に言及した。それらには、たんぱく質を構成するアミノ酸の大部分が含まれていた。
今回の研究は、もう一つの興味深い可能性も示唆している。彗星の衝突によってHCNが生成されるための条件は地球では整っていなかったかもしれないが、太古の火星であればそれに適した条件が揃っていた可能性があるという。「火星は地球よりもはるかに小さく、太陽からも遠いため、彗星の衝突速度は地球の場合よりもずっと遅くなる。そのため、地球では彗星の衝突によってHCNの大部分が破壊されてしまったのに対し、火星の場合はそれほどではなかったと考えられる」とアンスロー氏は述べた。
この考え方は、「かつて火星に生命が存在したのか?」という長年の問いに対して、新たな視点をもたらす可能性がある。
彗星説は依然有効か
本研究では、彗星の衝突時にHCNがどの程度生き残ることができたのかを詳細に分析しているが、ロイヤル・ホロウェイ・ロンドン大学の地球科学准教授クイニー・チャン氏は、HCNが彗星(氷天体)として地球の大気に突入する以前の段階で、すでに化学反応を起こしていた可能性があると指摘する。その過程で、たんぱく質の構成要素のように、生物学的に重要な化合物が生成されていたかもしれないという。これらの化合物は揮発性が低く、衝突の過酷な環境下でも生き残る公算が大きい。チャン氏は今回の研究には関与していない。
「したがって、HCNを無傷で届けるのに効率が悪いからといって、彗星の果たし得る役割を完全に排除することはできない。彗星は他の重要な有機化合物を供給し、生命誕生以前の地球における有機物のストックに寄与していたかもしれない」。チャン氏は電子メールでそう記した。
