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    【著者に聞く】『戦略的思考 「力の時代」を生き抜く』、垂秀夫氏が解説する孫子と日本外交

    アイゼンハワー大統領と握手を交わす吉田茂首相(当時)。後の政治家は「吉田ドクトリン」を更新できなかった(写真:AP/アフロ)

    「失われた30年」を経て経済的な存在感が低下した日本。周辺国の軍事的脅威が高まる中、国内では少子高齢化に伴う社会保障制度の立て直しなど、長期的な視野なしには解決できない課題が山積している。対照的に、中国は国家目標を掲げ、先端技術の育成や軍事力の増強を長い時間軸で進めてきた。

     こうした違いはどこから生まれるのか。日本はなぜ国家の将来を見据えた戦略を描くことが苦手なのか。『戦略的思考 「力の時代」を生き抜く』(文藝春秋)を上梓した元駐中国大使で立命館大学教授の垂秀夫氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

    ──日本外交は長らく長期的な国家構想を描く発想が乏しかった、と書かれています。

    垂秀夫氏(以下、垂):日本が島国であることや、日本に同調圧力の文化が強いこと、総理大臣や中央省庁の官僚が短期間で次々と交代することなど、本書に詳しく書きましたが、日本が長期的な国家構想を持てない要因は複数あります。

     さらに大きな理由は、日本が戦後にアメリカと安保条約を結ぶことによって、安全保障をアウトソーシングしてしまったことです。その結果、脳の中の安全保障や外交を考える部分が衰えてしまいました。

     中国は、日本とは違う独自の戦略文化を持っています。私は中国の根底にある戦略文化は、春秋戦国時代(紀元前770年から紀元前221年までの約550年間)に作られたと考えています。古代中国の軍事思想家、孫子の時代です。

    「百戦百勝は善の善なる者に非ず」「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」という有名な言葉があります。100回戦って全勝しても、それが最善の戦い方とは限らない。最善の戦い方とは、戦う前に相手に「かなわない」と思わせて諦めさせること。これが孫子の教えです。

     孫子は認知や時間といった目に見えないものを大事にします。毛沢東、鄧小平、習近平など、歴代の中国共産党の指導者たちは異なる時代で異なる戦略目標を持ってきましたが、それぞれ時間を意識して認知工作を行ってきました。

     対照的に日本人は長い時間軸で考えたり計画したりすることが不得意ですが、幕末から明治維新期にかけて、戦略を持って国づくりを進めた時代もありました。欧米列強が日本を植民地化するかもしれないという緊張感を持っていた時代には、列強と伍して近代国家を作り上げるという意識を持ち、「殖産興業」や「富国強兵」といった目標を掲げました。

     当時の日本は戦略国家だったと思います。そしてこの時代には、国のトップが変わっても、大きな意味での戦略目標は変わりませんでした。

    ──戦略的思考の1つの柱として、相手国との関係において、基本的スタンス(距離感)を明確にすることが大切であると書かれています。日米関係や日中関係における日本のスタンスの取り方をどう評価されますか?

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