これはライターのティム・ブリンクホフによるオピニオン記事だ。IGNのオピニオンコラムは筆者個人の見解を示すものであり、自身の経験やリサーチを通じて、刺激に満ちたゲームの世界を探求している。
これほどの歳月が流れた後では奇妙な感慨すら覚えるが、今こそ『The Elder Scrolls』のファンにとって心躍る瞬間だ。親会社マイクロソフトにおけるAI関連の人員削減を報じるThe Vergeのニュース記事――まさかそんな場所から――情報がリークされ、ベセスダは『The Elder Scrolls VI』のサブタイトルが『Sentinel』であることを認めただけでなく、物語が時間跳躍に関わる可能性を示唆する一節までも提示した。
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「星霜の書が垣間見せたのは、かすかな輝き、薄く持ち上がった帳にすぎなかった」とそこには記されている。「失われし未来。覆された勝利。運命によって散らされた時の砂」。この言葉はハンマーフェルの上級女王Iradneに仕える聖蚕の僧侶、ヤザールによるもので、年代は第四紀206年と記されている。ここから2つの事実が読み取れる。第1に、『Sentinel』は『Skyrim』の出来事から約5年後が舞台であること。そして第2に、私たちの次の目的地が、作中の地名でもある都市センチネルを擁するタムリエルの一地方、ハンマーフェルであるということだ。そして、私が何よりも期待を寄せているのはまさにこの地域そのものなのだ。
『Skyrim』が私の心の中で常に特別な位置を占めていることは確かだが、そのきわめて典型的な中世ファンタジーの美学や文化は、『The Elder Scrolls』を本来の奇抜で異世界然としたルーツから遠ざけてしまった。気候をはじめあらゆる面で『Skyrim』の対極に位置するハンマーフェルを舞台に据えることは、私が10年以上渇望し続けてきた「かつての原点への回帰」になる可能性がある。しかし、開発陣はそれを成し遂げられるのだろうか。それとも単に雪を砂に置き換えるだけに終わるのだろうか。
本題に入る前に明確にしておきたいが、私は『Skyrim』が嫌いなわけではない。2011年にリリースされた当時も夢中になったし、今でも深い愛着を抱いている。作品の醸し出す雰囲気が大好きで、ジェレミー・ソウルによる幽玄なサウンドトラックは今でも聴いている――心地よい眠りに誘ってくれる音楽としても重宝しているほどだ。ソリチュードやマルカルスといった都市のデザインも気に入っているし、ウルフリック、シセロ、パーサーナックスはベセスダが生み出したキャラクターの中でも屈指の魅力とカリスマを備えているという世評にもまったく同意見だ。
当時ほど愛着を持てなくなった点を挙げるなら、その世界観があまりにも『ロード・オブ・ザ・リング』(指輪物語)や、特に『Skyrim』の発売わずか数か月前に放送が始まった『ゲーム・オブ・スローンズ』といった他の人気ファンタジー作品を想起させることだ。『Oblivion』や『Morrowind』と比較すると、『Skyrim』は独創性を欠いているとまでは言わずとも、いささか既視感が強すぎるように思える。多くの人が指摘するように、ホワイトランは実質的にエドラスそのものだし、ウルフリックによる北方の独立闘争も、ジョージ・R・R・マーティンの原作小説で描かれた北の王ことロブ・スタークの戦いから着想を得た可能性は十分に考えられる。
『Skyrim』の世界はまるでアメリカの郊外住宅地のように平凡に見えてしまう。
この類似についてベセスダを責めることはできないにしても(少なくとも、後述するように全面的にではないが)、『Oblivion』や『Morrowind』と比べたときの見劣り感は否めない。私は『Skyrim』をクリアした後にこれら2つの前作をプレイしたため、技術的な制約からそこまで楽しめないだろうと予想していた。しかし結果としては、より見慣れない異様な世界設定に魅了され、前作のほうをいっそう好きになった。
『Skyrim』の舞台が中世ヨーロッパ――特にスカンジナビアのヴァイキング――という王道ファンタジーの雛形から着想を得ているのに対し、『Oblivion』のシロディールは古代ローマをモチーフにしており、ハイファンタジーにおいてあまり頻繁には掘り起こされない時代と地域を採用している。その類似性も『Skyrim』ほど露骨ではなく、シロディールが独自の地として成立する要因となっていた。さらに侵略してくるデイドラの軍勢によって世界は一段と幻想的なものとなり、ゲームの大部分はメエルーンズ・デイゴンの本拠地である過酷なデッドランドで展開することになる。
『Morrowind』はさらに過激で、現実世界に対応するような要素がほとんど存在しない世界を提示している。この地を徘徊するシルトストライダーや建造物サイズの巨大キノコ群と比べれば、『Skyrim』の世界はまるでアメリカの郊外住宅地のように平凡に見えてしまう。連なるピラミッド状の区画と上空に静止する巨大隕石を擁する都市ヴィベクのような場所は、私にとって常にシリーズで最も奔放かつ創造性に富んだ到達点であり続けている。
もちろん『Skyrim』にも、同じような高揚感を呼び起こす瞬間はある。例えばドワーフの遺跡であるブラックリーチへ降り立ったときや、DLC『Dragonborn』でデイドラの領域アポクリファを訪れたときなどがそうだ。しかし、作品全体を見渡したとき、直近の過去2作に比べてはるかに王道かつ典型的なファンタジーの手法に終始していると言っても、的外れな批判にはならないはずだ。
『Sentinel』がこの流れを転換できるかどうかは、まだわからない。一方では、ハンマーフェルがそのための完璧な舞台であることは確かだ。灼熱の砂漠と熱帯雨林は『Skyrim』の景観からこれ以上ないほどかけ離れており、シリーズ第2作『Daggerfall』でプロシージャル生成によって描かれて以来、ナンバリング本編には登場していない(もちろん『The Elder Scrolls Online』の現代的な描写で訪れることは可能だが)。さらにハンマーフェルに住むレッドガードは極めて非西欧的であり、中東、アフリカ、そして日本の影響を融合させた、タムリエルのみならずファンタジー全般においても異彩を放つ存在となっている。
しかし他方で忘れてはならないのは、『Skyrim』の無難な作風が意図的なデザイン判断だったという点だ。かつてロアマスターを務めたカート・クールマンは、それをトッド・ハワード個人の好みに加え、商業的な理由によるものだったと明かしている。
「これほどの巨額の予算を預かり、スタジオを存続させてスタッフに給与を払い続けなければならない立場にあれば、商業的に成功する製品を作らねばならない」と、クールマンはYouTubeチャンネルでリース・“Kiwi Talkz”・ライリーに対して語り、トッド・ハワードが「風変わりな要素をあまり好まない傾向にある」と指摘した。
ビジネス的な観点から言えば、これほど長期にわたり莫大なコストを投じてきた開発サイクルの後で、開発陣が勝ちパターンの方程式を変更すると期待するのは現実的ではない。
より幅広い層に訴求するため、ベセスダは戦闘を簡略化してプレイヤーの自由度を削っただけでなく、トールキンの『指輪物語』やピーター・ジャクソンの映画版程度しかファンタジーに触れてこなかったカジュアルゲーマーにも親しみやすく、受け入れられやすい世界観を整えた。当時のそれらの人気は、クールマンの言葉を借りるまでもなく、その時代を生きていた人間なら誰もが知る通りの熱狂ぶりだった。
この決断はシリーズ独自のオリジナリティを犠牲にしたかもしれないが、ベセスダにとっては払う価値のある代償だった。そしておそらく、彼らがその選択を後悔することはないだろう。『Skyrim』は同社史上最大のヒット作となり、ゲーム史全体を見渡しても屈指の成功作となったからだ。ビジネス的な観点から言えば、これほど長期にわたり莫大なコストを投じてきた開発サイクルの後で、開発陣が勝ちパターンの方程式を変更すると期待するのは現実的ではない。ましてや親会社であるXboxは喉から手が出るほど巨大なヒット作を必要としており、『Sentinel』がXbox独占タイトルになると決断されるならなおさらだ。
タイトルの発表は、次回作がより幻想的なものになる証拠と受け取れるかもしれない。結局のところ、センチネル自体が北アフリカと中東の建築や文化を色濃く反映しており、砂煙の舞うティザー映像もその独特な気候を強く印象づけているからだ。しかし、楽観視できない理由もある。地図を見ればわかる通り、都市センチネルはイリアック湾の沿岸に位置し、その対岸には以前から舞台の一部になると噂されている(未確定ではあるが)もう一つの地域、ハイロックが存在する。都市ダガーフォールを抱くこの第2の地方は、文化的にも地理的にも『Skyrim』と多くの共通点を持っている。よりヨーロッパ的で、より英国的で、よりジョージ・R・R・マーティン的であり、よりトールキン的なのだ。ベセスダがセンチネルやハンマーフェル特有の異質さに注力するのではなく、そうした類似性に寄りかかり、プレイヤーのノスタルジーを刺激する道を選んでも不思議ではない。作品のタイトルが、私たちが大半の時間を過ごす場所を決定づけるとは限らない。『Oblivion』において、「オブリビオン」の地自体はゲームのごく一部にすぎなかったのだから。
私が『Sentinel』に抱く理想の光景――今なお願い続けている願望――は、ベセスダがハイロックと『Skyrim』の類似性を利用して、ハンマーフェルとのコントラストをより際立たせることだ。ジェレミー・ソウルの懐かしい楽曲が流れるなか、『Skyrim』から隣国のハイロックへと移動し、そこからイリアック湾を船で渡ると、まるでまったくの別世界へと降り立つような感覚。未来に何が待ち受けているのか全く分からず、ただ純粋な未知への喜びに満ちた体験を想像してみてほしい。
私たちは『Skyrim』の焼き直しを15年間も待ち続けてきたわけではない。だからこそ私は、『Sentinel』が『Skyrim』とは似ても似つかない作品になることを切に願っている。
ティム・ブリンクホフは芸術や歴史を専門とするフリーランスライター。ニューヨーク大学(NYU)でジャーナリズムを学んだ後、Vox、Vulture、Slate、Polygon、GQ、Esquireなど多数の媒体に寄稿している。
