11年間フルモデルチェンジなしのZ32 300ZXの異様な粘り強さは何だったのか
11年間フルモデルチェンジなしのZ32 300ZXの異様な粘り強さは何だったのか
資金不足と市場の変化にもかかわらず生産終了とならなかったのはつまり「カッコいい」からだろう笑
1. 901運動が生んだハイテクの塊
1980年代後半、バブル景気に沸く日本
日産は「90年代に技術の世界一」を目指す”901運動”を展開していた
そのシンボルとして、89年にフェアレディZ 300ZXが登場
すべてを白紙に戻し、「走りの機能」を純粋に追求したスポーツカーだった
2. ツインターボVG30DETTの圧倒的スペック
自然吸気版とターボモデルを用意
ターボモデルのスペックは圧倒的だった
VG30DETT型2960cc・V6DOHCツインターボ&インタークーラー
最高出力280ps/4400rpm、最大トルク39.6kgm/3200rpm
ツインインテーク/ツインエグゾースト
左右2系統独立吸排気システムで吸排気効率を徹底追求
四輪マルチリンク+スーパーHICAS
対向4ピストンフロント+対向2ピストンリアの四輪ベンチレーテッドディスク
空気抵抗係数0.31、リア揚力係数0を実現した※リアスポイラー装着時
3. 280馬力規制の発生源
当時、第2次交通戦争が社会問題化していた
行政府は交通事故非常事態宣言を発令
280psのZ32型フェアレディZを上限として自主規制された
この規制は14年間続いた
4. 異例の11年ロングセラー
バブル崩壊と日産の業績悪化により開発資金は切り詰められ
RVブームの到来や北米でのZの販売低迷も重なって
Z32は2000年までモデルチェンジされなかった
モデルチェンジはなかったが、販売終了とはならず、結局11年間生産が続けられた
国産スポーツカーとしては異例の長寿命だった
途中、マイナーチェンジの際
前後をオーバーフェンダー化し、ホイールを17インチ化する計画があったが
それは実現しなかった
新世代のVQ30DEを採用する計画も流れた
5. IMSAで大暴れした300ZX
北米レースIMSAで700馬力超にチューンしたミッドシップ仕様が大活躍
92年・94年にマニュファクチャラーとドライバーのダブルタイトル獲得
94年デイトナ24時間・セブリング12時間優勝
ル・マン24時間総合5位の快挙を成し遂げた
6.北米では保険料が高騰
Z32はハイテクノロジーを導入した結果、車両価格が高騰した
主要マーケットであった北米において
ポルシェなどと同等の高級スポーツカーとして認知され
盗難が多発し、自動車保険の「車両保険」部分が高騰した
これも、北米での販売が低迷した一因となった
7. こだわり抜いた装備
チタン製イグニッションキー、アルミ材の車載ジャッキ
BOSEサウンドシステム、高減衰ウレタン内蔵専用バケットシート
アルミホイールのスペースセーバー式スペアタイヤなど
細部まで妥協せず、どこからどう見てもカッコよすぎる真のスポーツカーだった
Z32型フェアレディZ 300ZX
カーセンサー 66台
価格帯:114.8万円~645.6万円
VOICEVOX NEMO:春人、青山龍星、ずんだもん、もち子さん、葵
#Z32 #フェアレディZ #300ZX
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1件のコメント
あぁ、あの75、デイトナ24時間でクラス優勝したやつかな。ミニカー持ってる😊