【東日本大震災】津波に飲み込まれるまで避難を呼びかけ続けた町職員【天使の声】#Shorts
最期の音声聞いたけど、とても落ち着いて避難を促していた。
■参考にしたサイト
http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya_miki.html
https://bosai-hih.jp/bosaicyousya-b/?utm_source=chatgpt.com
https://www.donga.com/jp/article/all/20120302/416707/1
https://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/soshiki/1001/2/2/1/1825.html
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0026020140_00000
https://www.hanno.ed.jp/harajh/doutokudayori9.pdf
https://ja.wikipedia.org/wiki/遠藤未希#cite_note-8
https://ja.wikipedia.org/wiki/南三陸町防災対策庁舎
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2025145091SA000/?
https://www.web.nhk/tv/an/special/pl/series-tep-2NY2QQLPM3/ep/WQ41R1JZ6Y
https://www.pref.saitama.lg.jp/f2214/doutoku-text/kokoronokizuna.html?utm_source=chatgpt.com
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楽曲:『クリティウスの牙』
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使用に関しての詳細はリンク先にてご確認ください。
http://commons.nicovideo.jp/material/nc213572
楽曲:『封印されし奇跡』
作曲:光宗 信吉
音源作成 the alternatively
本音源は下記サイトよりダウンロードできます。
(JASRAC信託楽曲につき有料会員の方のみダウンロード可能)
使用に関しての詳細はリンク先にてご確認ください。
http://commons.nicovideo.jp/material/nc212811
楽曲:『熱き決闘者たち』
作曲:光宗 信吉
音源作成 the alternatively
本音源は下記サイトよりダウンロードできます。
(JASRAC信託楽曲につき有料会員の方のみダウンロード可能)
使用に関しての詳細はリンク先にてご確認ください。
http://commons.nicovideo.jp/material/nc211262
※当チャンネルで扱う情報は、主に当時のニュース記事や書籍、裁判記録などを参考に作成しております。まとめ動画やブログなどを参考することもありますが、その場合はそれらの正確性をニュース記事や書籍から辿るようにしています。詳しくお知りになりたい方は、概要欄に参考にしたURLを貼り付けていますので、適宜ご確認ください。
43件のコメント
2011年3月11日、東日本大震災が発生した宮城県南三陸町で、危機管理課の職員だった遠藤未希さん(当時24歳)は、防災対策庁舎の放送室へ駆け込み、防災無線で町民に避難を呼びかけ続けました。
地震発生直後から始まった放送は、およそ30分にわたりました。未希さんは津波の予想高を伝え、「急いで」「直ちに」と避難を促す言葉を加えながら、繰り返し高台への避難を呼びかけました。周囲から「潮が引いている」と聞くと、「ただいま、海面に変化が見られます」と放送内容を変え、津波が目撃された後には「津波が襲来しています」と、刻々と変化する状況を町民へ伝えました。
防災無線を聞いて避難した町民の中には、 「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ今ごろは自分は生きていなかっただろう」 と語る人もいました。
当時の報道では、南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命をつないだとされています(もちろんそのすべてが未希さんの放送によって避難したと断定することはできませんが、彼女の声が住民に危険を伝え、避難を後押ししたことは、証言として残されています)。
やがて津波が防災対策庁舎の目前まで迫り、屋上から「津波が来たぞぉー」という叫び声が聞こえてもなお、未希さんは両手でマイクを握りしめて、避難を呼びかけ続けました。「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください」。
上司の「もう駄目だ。避難しよう」という指示を受けて、未希さんたちは放送室を離れ、屋上へ避難しようとしました。しかし、津波は屋上の高さを越え、一瞬で庁舎を飲み込みました。津波の後、屋上で生存が確認された人の中に、未希さんの姿はありませんでした。
津波が迫るその時まで、町民に避難を呼びかけ続けた未希さんの行動は、後に「天使の声」という題で、埼玉県教育委員会が作成した道徳教材に収録されました。この教材は、埼玉県内の公立小・中・高等学校に教員用として配布され、実際の道徳の授業でも使用されています。
遠藤未希さんや南三陸町職員の方々をはじめ、犠牲となられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆さまに心よりお悔やみ申し上げます。被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
男の人がいた。その人は住民のために命を犠牲にしてでも必死に放送し続けた。みんなのために,,,この人はもう津波に飲まれてなくなってしまった。この放送は全国に称えられ、いまでは、地震が起きたときの実際のニュース放送の見本として使われているそう。私はまだ生まれていなかった。しかし、動画で見ているだけでもすごいと感じる。
これ美談にしちゃダメだろ⋯
生き残れた人はどうやったんだろう
能登半島のときのテレビもすごい迫力で必死に伝えててめっちゃ印象に残ってる
いまは東北沖にこれでもかってくらい津波観測網が張り巡らされてる(S-net)。あまりに徹底的に張り巡らされてるから「親の仇みたい」とか言われてたけど、東北の人たちにとっては本当に親の仇なんだよ………
自分の命が一番大切
ジェットコースターの上に行けば安心じゃねって思ったけどねもと津波で壊されるくない
実際に現場見たことあるけど悲惨やったな
《動画の編集やビーリアルなどのアプリを使いこなせても「「使い方も進化するから無駄 》
例)動画編 集サイト
昔は、動画編集サイトの使い方を理解し、使いこなせる人間が有能と言われたが、
「「今では、AIに文 章やプロンプトを打てば編集できる」」
→やり方や使い方が 進化するから無駄
《格差がある限り、陽キャは無理》
なぜ学校に行く?
なぜ禁欲が善だと教わる?
なぜ勤勉は善だ と教わる?
なぜみんな真面目ぶる のか?
それは
「「貧困層=アンダークラ スになりたくないからです。」」
「「みんなは伝統や綺 麗事で学校に行くのか?禁欲するのか?勤勉なのか?真面目ぶるのか?」」
そんなに人間は素晴らしい選択をできるのか?
結論
みんなは謙遜してるのでなく、
「貧困層=アンダー クラス」に怯えてるから
「学校や禁欲、勤 勉、真面目ぶる世界なのだ。」
これをお祝いする人間には絶対ならない。
本人は4月23日に志津川湾で亡くなっているのが発見
遠藤さんは世界一優しい人❗
遠藤未希のWikipedia存在するのか、、
絶対に忘れてはいけない
最近暑いし津波来てくれんかな〜笑
たしか24歳だったよねこの女性
そんな若さで、絶対早く逃げたかっただろうに最後まで避難を促したの、ほんとうに責任感強くて優しい方だったんだな
津波の高さ予測6m-10m 実際は15m酷いことする…
10m以上の津波とか想像がつかない
もう津波地下来ないでほしい
24歳の、今の自分と10歳しか変わらない若い方が、こんな素晴らしい活躍をしていたとは知らなかった。天で幸せであることを祈ります。
本当にありがたいです当時お母さんもこの音声を聞いていたようです
このように死が近づいていると言うのに皆のために自分の事は後回しにし、行動に移しているのはとても尊敬するし、絶対に後世に語り継ぐべきと思います。
語彙力がなくて違和感とかあると思いますがご了承下さい
貴女も助かって欲しかった。
美談ではない
適正な予想、適正な判断ができれば回避できた被害だ
血で書かれた歴史を活かしきれなかった国の責任だ
震災から2カ月くらいのころに支援で南三陸に行き、まだ片付けが進む前の防災庁舎を見ましたが、骨組みに漁網などが絡まっていて、周囲も瓦礫だらけで本当に凄惨な状態でした。
あれから何度か南三陸には行ってますが、いま震災遺構として整備された姿でもその悲惨な状況は想像つくと思います。
南三陸は新鮮な魚介類もおいしくてとてもよい町なので、一度は訪ねてほしいです。
15mの津波、、、
まじ、?
声の主である遠藤さんは当時結婚を迎えるはずだった。
でも、津波から1人でも守るために必死で叫んだ。
南三陸町の危機管理課の方々に敬礼
津波が1番やばい
敬礼
道徳でこの人出た……本当に凄い方でした。
親が東北の人で、親の実家は内陸にあったから無事でした。私はこれを見てもう二度と繰り返さないでほしい。南海トラフ地震で津波の死者が予想より減りますように
県民だけどこの話は知らなかった
仙台の人間で、結果としてギリギリ津波は来なかったんだけど、翌日のニュースを見るまで津波が来たなんて知らなかったんだよな
氷雪の門を想起させる
この話修学旅行で聞いたな。遠藤さんだけでなく遠藤さんの上司の方も頑張ってくれてたんだよな…
関係ないこと言ってすまないが、イヤホンしてると音がズレている用に聞こえますが、大丈夫ですか?
今回の地震もそうだけど、自己犠牲してまでの人助けは美談にしちゃならん
こういう人たちを国葬してくれんかな
最後までみんなのために声を張ったのは控えめに言って偉業超えてる
安らかにお眠りください🙇♀️
どこをどのツノでさすんですかねえ…
避難誘導を続けて津波にのまれてしまった警察官の方とかも居たんだよな…
いつまでも忘れてはいけない記憶
信じていただけなければ結構ですが、えんどうみきさんは私が小学校3年生の頃の盛岡生まれの担任のお友達だったそうで、私たちに担任は遠藤さんの話をしていただきました。当時担任はもう今の小学校に赴任していましたが、遠藤さんは皆が避難したあとも放送を続けていました。あの放送に救われた方が何人もいたと、避難所でみんなに聞いた友達が話してくれたそうです。今はただ、街の人々を守りたい一心で散っていった遠藤さんに祝福を。
本人が津波にのまれる直前にどういう気持ちだったのかわからないのに、感動の食い物にしてみんな気持ち悪いわ。
インタビューされていた老人にしかり、このコメント欄も。
自分は只々可哀想としか思わない。
この出来事から後世に伝えるのは、災害時は他人を優先しないでさっさと逃げろってことだよ。
この方には旦那さんがいたっていうじゃないか。自分自身の大事な人たちを悲しませるもんじゃないよ。
これを美談にしてはいけない。
でも、他人のために自分の命を張ろうと思える人は本当に尊敬する。