津波が”軍艦”を沈めた。その敵を、漁師が助けた。安政東海地震【生き延びろ日本史⑲】
乗組員はおよそ500人。全員が助けられました。
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■ 安政東海地震とディアナ号(1854年)
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嘉永7年11月4日(1854年12月23日)、東海沖でマグニチュード8クラスの巨大地震が
起きました。下田港には高さ約5メートルの津波が押し寄せ、町はほとんど流されました。
港には、日露交渉のため来航していたロシア軍艦ディアナ号が停泊していました。
ペリーの黒船来航の翌年、日本中が異国船を警戒していた時期です。
そのディアナ号は、津波に翻弄され大破しながら、溺れる日本人を救助しています。
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■ ヘダ号の建造
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大破したディアナ号は修理のため戸田港へ向かう途中、嵐で駿河湾に沈みました。
乗組員約500人は地元の漁師たちの決死の救助で全員が無事に戸田へ収容されます。
そして幕府の許可のもと、日本の船大工とロシア人乗組員が協力して洋式帆船を建造。
完成した船はプチャーチン提督により、世話になった村の名から「ヘダ号」と
名付けられました。この経験がのちの日本の洋式造船の出発点のひとつになります。
災害が、国と国の壁を越えさせ、技術を運んだ話です。
参考文献:
・内閣府 防災情報「1854 安政東海地震・安政南海地震」報告書 第3章(下田港の被害と復興)
・下田市「プチャーチンによるディアナ号来航と『安政の大津波』」
日本史のいちばんしんどい日を生き延びた、名もなき庶民の暮らしをAIで再現しています。
【音声】VOICEVOX:玄野武宏
#日本史 #江戸時代 #歴史

1件のコメント
西暦もいれてくれると たすかります。ぺこり