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    【現代死生考】米デューク大のアン・アリソン教授と僧侶が語る、日米で異なる墓参りと死者との関係の結び方

    鵜飼 秀徳

    鵜飼 秀徳
    作家・正覚寺住職・大正大学招聘教授

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    2026.9.5(土)

    日本の伝統的なお墓は「イエ」の墓

    アリソン:両親の墓は遠くにあります。私はノースカロライナ州に住んでいますが、両親の墓はかなり離れています。だから、行けるときには行きますが、毎年は行けません。

    鵜飼:毎年行けなくても、特に問題とは感じない?

    アリソン:そうですね。毎年行かなければならないという感じではありません。

    鵜飼:日本では今、「墓じまい」が大きな社会現象になっています。アメリカにも墓じまいがありますか。

    アリソン:私はほとんど聞いたことがありません。

    鵜飼:両親の墓が遠くにあって、毎年墓参りができなくても、墓を移そうとか、墓をなくそうとは思わないのですか。

    アリソン:そうですね。アメリカでは家族がいろいろな場所に住んでいます。子どもが親と同じ町にずっと住み続けるとは限りません。仕事や結婚で別の州に行く。国土も広いですから、墓が遠くなるのは珍しいことではありません。居住地と墓の場所が離れているのは当たり前なので、墓じまいをして自分たちの住まいの近くに移そうという発想にはなりません。

    墓じまいで撤去された墓石の集積場(広島県)

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    鵜飼:日本も今や核家族ですから、家族は全国に分散しています。なのに、日本では「墓が遠いから、管理できないから、墓じまいする」という話になる。日本とアメリカの墓に対する考えの違いは面白いですね。

    アリソン:日本では、墓を「継ぐ」という考え方があるからでしょう。

    鵜飼:そうです。日本の伝統的なお墓は「○○家之墓」です。個人の墓ではなく、イエの墓です。長男がイエを継ぎ、墓を継ぎ、仏壇を継ぎ、寺との関係も継いでいきます。

    アリソン:アメリカ人とは、その感覚はかなり違います。私の両親の墓を、私が「継いでいる」とは思っていません。墓はそこにあって、私は行けるときに行く。

     日本では「墓を訪ねる」ではなく、「墓を守る」という言い方をしますが、それは墓の護持にたいする継承責任を感じているからでしょう。そこが大きな違いだと思います。でも、なぜ日本では墓を継ぐことが難しくなったのですか。

    鵜飼:1960年代以降の高度経済成長が大きいと思います。地方から東京や大阪へ若者が出ていきました。最初は次男や娘が家を離れた。でも、その後は長男まで故郷を離れるようになりました。家族は都会に住んでいるのに、墓は故郷にあり続けている。

     それはアメリカと同じ構造ですが、日本では家族は散らばったのに、「家墓を継ぐ」という仕組みだけが残った。そこに無理が出ているのだと思います。

    アリソン:私は日本では会社や家族といった、「居場所」が弱くなっていることを調査してきています。その変化が死後にも続いているということですね。

    鵜飼:まさにそうです。「イエ」の力が弱くなったということでしょう。でも死んだ後の「イエの墓」は残っている。だから「誰が継ぐのか」という問題になります。アメリカでは家族が遠くに住んでいると、葬式の形態も違ってきますか。

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