撮影/タナカヨシトモ(人物)
世界的な抹茶ブームを追い風に、近年、日本の抹茶輸出額が急増しています。日本の輸出産業と言えば自動車産業などが代表的ですが、最近では意外な品目も輸出額を大きく伸ばしています。抹茶のように今後、成長性が期待できる品目はあるのでしょうか。野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。
日本経済にとって円安と円高のどちらが良いか
日米の協調為替介入が行われるなど、改めて円安米ドル高に関心が集まっています。物価高の背景に円安が指摘されることもあり、円安米ドル高を問題視する見方が強まっていますが、「経済成長には円安のほうが良い」という意見も聞かれます。
通貨価値と経済の関係は、丁寧に議論する必要があります。通貨が経済に影響を及ぼすこともあれば、逆に経済が通貨に影響を及ぼすこともあるからです。加えて、日本はデフレからインフレ経済への転換期という特殊な状況にあります。通貨価値と経済の関係を論じる際には、こうした事情も勘案する必要があります。
例えば、2010年代前半には日本株の重石として「七重苦」が指摘されましたが、その1つが過度な円高でした。当時はデフレ的な経済状況が続く中で、円高から脱出したいという意見が説得力を持ったのです。一方、現在は逆ですよね。円安が行き過ぎた場合のインフレ圧力が懸念される状況です。
経済成長との関係も一筋縄ではありません。国際金融論では、通貨安が経済成長に寄与するケースが論じられる場合があります。通貨安によって輸出数量が増加し、それが経済成長に寄与するというわけです。
しかし、現在の日本では必ずしも通貨安(=円安)が輸出数量の増加につながっているわけではないとされています。アベノミクス以降の長期的な円安トレンドのもとでも、日本からの実質輸出は確かにあまり加速していません。この理由を少し専門的に表現すると、日本が輸出拠点としての立地競争力を落としたから、となるでしょう。いまや日本から輸出するのではなく、その商品を販売するその国に生産拠点を作ることに企業経営の視点が移っているのです。現地生産はその場所で雇用を生みますし、関税リスクを回避できる可能性もあります。
となると、現在の日本経済にとっては円高米ドル安のほうが良いのでしょうか。
一概には言えません。国際経済学で指摘される通り、輸出企業は大企業が中心です。そして、大企業は為替変動の影響を受けにくい生産体制をグローバルに構築しています。2000年代以前に比べ、そうした輸出大企業にとっての円安メリットが低減していることは事実でしょう。
しかし、これから成長して将来的に大企業になっていく企業はどうでしょうか。中堅、中小企業のうち伸び盛りの企業ですね。こうした企業は成長の初期・中途段階であるがゆえに体力が限られ、いきなり海外展開・現地生産に乗り出すのは容易ではありません。その意味で、中堅・中小企業は為替レートの変動の影響を受けやすいと考えられます。こうした企業にとっては、円安が依然としてプラスの影響を持つでしょう。
また、円安と並行して訪日外客数が大幅に増えてきたことは周知のとおりです。テレビでもよく特集が組まれていますが、彼らは日本の魅力を発見して帰国しますよね。まだ海外に輸出されていない、しかし海外に潜在的な顧客が山ほどいるような商品を、彼らがわざわざ日本にやってきて見つけてくれている、という捉え方もできるわけです。円安が呼び水になって、日本の輸出ポテンシャルが広がる、ということですね。
「日本経済にとって円安と円高のどちらが良いか」は難問で、簡単に答えが出るとは思えません。だからこそ、「現在の円安でどのようなメリット・デメリットが生じているか」と丁寧に分析することが求められます。輸出企業、輸入企業、そして一般消費者など、様々な立場から考えてみることが大切ですね。
現在の円安米ドル高には批判的な論考が目立つように思います。見逃されている円安メリットについて、何か具体例はありますか?
代表例として、抹茶の輸出を紹介したいと思います。抹茶は国内でもなじみ深い商品ですが、2024年ごろからは世界的にも大人気になっています。財務省の輸出統計によると、日本からの緑茶(うち8~9割が抹茶)輸出額は2025年に過去最高の721億円に到達し、過去10年間で実に7倍になりました。2026年は6月分までが発表されていますが、2025年1月~6月と比べると83.5%増と極めて好調です。
緑茶(抹茶を含む)輸出の動向
(注)緑茶の輸出額であり、抹茶以外も含まれる点に注意。
(出所)財務省資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
好調な抹茶輸出の背景には、円安に加え日本食・日本文化の魅力があると思います。日本に住んでいると実感しにくいですが、日本食や日本文化には大きな潜在需要があります。抹茶はその1つの表れ、という位置付けですね。
食品は、特にこうした潜在需要がありそうな分野です。農林水産省や観光庁なども、訪日外客の「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」消費を喚起しようとしています。つまり、「旅マエ」では旅行前に日本食に興味を持つ接点をレストランなどで充実させ、実際の訪日で「旅ナカ」消費をしてもらう。そして、「旅アト」には帰国先で日本食を需要してもらうというわけです。インバウンドを起点として、グローバルな潜在需要を掘り当てる食材が抹茶の他に出てきても不思議ではありません。
政府が指定した32の輸出重点品目
抹茶以外の食品に注目ということですね。日本食にも色々な食材がありますが、輸出増が期待できる品目としてどのようなものがありますか。
実は抹茶に限らず、日本の農林水産物輸出は大きく伸びています。抹茶ほどではありませんが、2015年に7,500億円弱だった輸出額が2025年には1.7兆円まで増加しました。2倍強の成長ぶりですね。為替の影響を除いても年平均+6.5%と高成長です。
農林水産物の輸出額
(注)為替は米ドル円レートの変化率のみを考慮した。
(出所)農林水産省、ブルームバーグ資料などより野村證券市場戦略リサーチ部作成
今後も成長が期待できるのでしょうか。
農林水産品輸出の今後を考える際には、政府が指定した「輸出重点品目」が参考になります。牛肉や果物、ウイスキーなどは訪日客にとっても人気で、非常にイメージしやすいと思います。
政府が掲げる「輸出重点品目」
(注)「成長見込み額」は「2030年目標」から「2024年実績」を引いて算出。品目の表示順は「成長見込み額」が大きいものからとした。
(出所)農林水産省資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
成長性という観点では、2030年の輸出額目標が示唆に富みます。例えば、「ソース混合調味料」は、2030年にかけて輸出額をおよそ2,600億円増やす目標です。ここには、カレールウやウスターソースなどが含まれます。農林水産省は日本式カレーをさらに広めたいと考えているようです。また、清涼飲料水は2,300億円増、お菓子も1,600億円増となっています。これらは輸出額の「目標」でしかありませんが、政府も情報収集しながら有望な品目に高い目標を設定しているはずです。輸出重点品目を起点に、各商品の将来性を検討するのも面白そうです。
農林水産物以外で意外と伸びている輸出品は
農林水産物以外では、輸出の増加が期待できる品目はあるのでしょうか。
過去10年を超える期間の輸出データを見ると、意外と輸出額が伸びている品目があることが分かりました。例えば、医薬品の一部や中古自動車、衣服、レジャー用品などの輸出が大きく増えています。特に伸びが目立つものとして、衣服では男性用洋服、レジャー用品ではがん具が挙げられます。
輸出額が大きく伸びている品目の例
(出所)財務省資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
2025年の輸出額は、がん具は661億円、男性用洋服は183億円で、いずれも10年間で3倍強の伸びとなりました。このがん具とは、ぬいぐるみや鉄道模型、プラモデルなどです。海外人気が高いゲームやトレーディングカードを含む「遊戯用品」も、この10年で822億円から4,955億円へと輸出額が6倍になっています。他にも、宝石は使用していないアクセサリーなどが含まれる「身辺用模造細貨類」や、「帽子及び同部分品」「バック類」なども輸出額の増加が著しい品目です。
こうした品目には共通点があります。1990年代から2000年代にかけて輸出額が激減した後、2010年代から足元にかけて急回復を遂げている点です。因果関係を特定するのは困難ですが、2012年以降の長期的な円安トレンドがこれら輸出の回復に繋がった可能性は十分にあります。冒頭で触れたように、円安が中堅・中小企業やインバウンド起点の輸出を刺激したのかもしれません。SNSの発展も大きいですね。インバウンドを通じた食文化だけでなく、日本の魅力はファッションやアニメ、ゲームなど多彩です。こうした様々な日本の魅力がSNSを通じて世界に発信され、需要増につながっているとみられます。
日本の輸出産業と言えば、自動車・一般機械・電気機械といった機械系業種です。輸出規模でみればこの構図は今も変わりありません。しかし、長く続いてきた円安トレンドが日本の魅力に対する潜在需要を掘り起こしつつあることを踏まえ、「二匹目のどじょう」ならぬ「抹茶の二番煎じ」を探すのも一つのアプローチだと思います。AI一極相場とも言われますが、これまで少し違う目線でビジネスアイディアを評価するのも良いかもしれません。

野村證券 市場戦略リサーチ部 チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎 康平
2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。
