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    西山秀二氏
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     BS10の野球トークバラエティー「ダグアウト!!!」(月曜後9・00)が7日に放送され、佐々岡真司氏(59)と西山秀二氏(59)の元広島バッテリーがそろってゲスト出演。西山氏が、2010年に37歳の若さで亡くなった後輩の木村拓也さんを思って涙ぐむ場面があった。

     1985年ドラフト5位で南海(現ソフトバンク)入りし、広島と巨人でもプレー。引退後は巨人と中日でコーチも務めた西山氏。

     「一言deどんなひと?」のコーナーで「木村拓也」と書かれたカードを引いた。

     すると、「タクには本当に助けられましたよね…」としみじみ。

     「僕はもう…ジャイアンツの時もそうですし。カープの話ばっかりしているところで申し訳ないですけど、僕がジャイアンツのコーチをしている時、タクがジャイアンツに来て。キャッチャーって本来、1試合のなかで3人ベンチ入ってるんですけど、3人全部使うっていうのはあんまり良くないんですよ。で、僕が当時の原(辰徳)監督を止め切れなくて。(2人目の捕手に)代打出しちゃって。最後、3人目の捕手(加藤健)が守りにいったんですよね。まさか回ってこないと思ったんでしょうね。でも、打席が回ってきて。まさかの頭に死球食らったんですよ」と2009年9月4日のヤクルト戦(東京ドーム)で延長11回に加藤健が頭部死球で退場となり、12回表に捕手を務める選手がいなくなった緊急事態を振り返った。

     「その時にパッと見たら、タクが自分からブルペン行ってくれて。僕の頭にも、最悪(の場合は)タクに頼むしかないな、と(思っていた)。すぐブルペン行って。“タクいいか?”“いいです、行きます、行きます”って言ってくれて。“もしアレやったらサイン、ベンチから俺出すから、全部俺の責任でやるから、球さえ捕ってくれたらエエから”“いや、やります、やります。分からんかったらそっち見ますから”“分かった、分かった”って。でも全部自分でやってくれて。で、抑えて、引き分けで終わったんですよね。だからホッとしたっていうか。もう、タクありがとう…って。彼、ユーティリティープレーヤーでいろんなとこやってましたけど、本当に分かりますよね、彼の人柄っていうか。何も嫌がらずに、全部そういうことを喜んでやってくれてたから。だから僕はもう感謝しかないです、彼に」

     高校時代に強肩捕手だった木村さんは1990年ドラフト外で捕手として日本ハムに入団も出場機会に恵まれず、その後、内野と外野を守れるユーティリティー選手に。当時は捕手の練習をしていなかったものの、言われる前に自ら即座に行動し、原監督や西山コーチを救ったのだ。

     そんな木村さんは巨人でコーチを務めていた2010年4月2日、広島―巨人戦(マツダ)の試合前シートノック中に突然倒れ、意識を回復することなく4月7日に他界。原因はくも膜下出血だった。

     「一緒にコーチして、彼が亡くなる(前の)最後の日もちょっと…言葉を交わした…のがね…。彼が“頭痛いんっすよ”って言ってたんですよね…。“昨日あんまり寝れなくてね、朝一番で広島来て、散髪に行ったんですよ、あんまり寝てないんですよ、頭痛いですわ”って言って、ノック行って、そのままバタっとやったから…。まあね…。うん…。ちょっと早すぎましたよね…」と涙ぐんでいた。

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