
連載『面影』は今回で最終回となります。1年4ヵ月のあいだご愛読くださりありがとうございました。本連載は2027年をめどに書籍化される予定です。今後とも「面影」を何卒よろしくお願いします。
母の贅沢を見たことがなかった
高校生になり周りが進路を決めている中、私はなんにも決めていなかった。小さい頃からモデルに憧れはあるが、無理だろうなぁと思っていた。
すると母に「えりか進路どうするの?」と言われた。
特に考えてないんだよねと返事すると、「えりかの大学費用も貯めてあるから、行きたいなら行きなさい」と言われた。

私はとても驚いた。姉二人がいくら頭よくて大学に行けたからといって、お金はとてもかかっているはずだから。私まで行く余裕は当然ないと思っていた。「子供がなりたいようにならせないと。親なんだから」と言っていた。
私はそのとき初めて、母のすごさを本当の意味で分かった気がする。
思い返してみれば、小さい頃から母が自分自身に対して欲しいものを買っているところも、贅沢をしている姿も、なんにも見たことがなかった。いつも節約を意識し、物も大事に使っていた。それは母の性格ではなく、生活と私たち未来のためだった。
結局私はこの仕事に就いたので大学費用はかからなくなった。母はそのお金で、大きい車を購入した。
が、その1ヶ月後母は車高の高い車の運転に慣れず事故に遭いその車は廃車になった。

話を聞いたときはビックリしたが、なんて母らしいエピソードだろうと今では笑い話だ。
楽しさを家族に与えられる仕事
事務所に入って3か月くらい経ったとき、あるCMのオーディションに合格した。
それをサプライズで母に世間話を混ぜながら話した。「え?!嘘でしょ?あのCMのー?!」と信じられないという反応をしていた。
私も勿論信じられなかったが、この仕事をすることで少なからず家族に”楽しさ”を与えられるものなんだなと少しずつ実感していった。
「あんな娘がいるんだ」と思われる
だが私はお仕事を休止した。
あの期間、家族にもとても迷惑をかけてしまった。
報道が出てすぐ、母が私の元に数時間だけ千葉から来てくれたことがあった。
「ママ、ごめんなさい」と言葉にすると、「バカだねぇ」と母を私は泣かせてしまった。
なんで何も言わなかったの。バカだよ。そう言っていた。
母を泣かせてしまった私は、本当に親不孝者だ。
こんなはずじゃなかった。
いつから私は間違ってしまったのだろうか。
姉や母や祖父や祖母たちに、色んな人からの目や言葉、私は生きづらさを与えてしまった。
あんな娘がいるんだ。と思われているだろう。そんな風に思われながら、母は毎日職場に行っているだろう。
それでも家族は私に対して責める言葉を言わず、常に身体の心配をしてくれていた。

何度も、何度も、この仕事を辞めようと思った。でもそれは、ただの逃げだった。
このままここで逃げたら、私は一生逃げ続ける人生になるだろうと思った。
