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    発表のポイント


    ◆日本の3地域で神事用として受け継がれてきた神饌赤米の全ゲノムを解読し、その遺伝的特徴を明らかにしました。

    ◆全ゲノム解析から神饌赤米は温帯ジャポニカに属することが判明し、赤色果皮形質に関わる遺伝子が変異を受けて白米になる前に、強いボトルネックを受け、周辺のゲノム配列の多様性が大きく減っていることを明らかにしました。このことは、栽培化直後のおコメは赤米だったことを示唆します。

    ◆本研究の成果は、地域文化とともに受け継がれてきた在来イネの遺伝的独自性を明らかにするもので、温帯ジャポニカの栽培化過程や日本のイネ栽培史の理解、遺伝資源の保全・活用への貢献が期待されます。


    神饌赤米
    (左から本庄、新庄、対馬、南種子赤米)

    概要

     東京大学大学院農学生命科学研究科の三村真生助教、井澤毅教授と、國學院大學大学院文学研究科の相川七瀬特別研究生らによる研究グループは、日本の3地域で神事用として古来より受け継がれてきた神饌赤米の全ゲノムを解読し、その遺伝的特徴を明らかにしました。

     本研究では、日本の岡山県総社市、長崎県対馬市、鹿児島県南種子町の神社に伝わる神饌赤米を対象に全ゲノム解析を行い、その遺伝的な特徴を調べました。その結果、地理的に離れた地域で維持されてきた神饌赤米はいずれも温帯ジャポニカに分類される一方、赤色果皮形質に関わるRc遺伝子(注1)周辺は、機能の有無にかかわらず、ゲノム配列の多様性が大きく減っていることが明らかになりました。文化的・宗教的慣習によって保存されてきた赤米をゲノムの視点から捉えた本研究は、日本におけるイネの栽培・伝播の歴史の理解を深め、温帯ジャポニカの起源に迫るとともに、地域に残る在来イネの遺伝的多様性を将来にわたって保全・活用するための基盤となることが期待されます。

    発表内容

     現在、私たちが日常的に食べているお米の多くは白米ですが、イネの祖先野生種は赤い果皮をもつ赤米であり、赤色果皮はイネの祖先的な形質の一つと考えられています。イネの栽培化の過程では、赤色果皮に関わるRc遺伝子に変異が生じたことで白色果皮をもつイネが出現し、人為的な選抜によって世界各地へ広がったと考えられています。一方、現在も赤色果皮という祖先的な特徴を保持する赤米が残されており、イネの栽培化や伝播の歴史を知る上で重要な遺伝資源となっています。

     日本では、岡山県総社市(本庄地区、新庄地区)、長崎県対馬市、鹿児島県南種子町の3地域4つの神社で、赤米が神事や祭礼と深く結びつき、神饌赤米として現在まで受け継がれています。しかし、これらの赤米が遺伝的にどのような特徴をもち、互いにどのような関係にあるのかについては、これまで十分に明らかにされていませんでした。

     研究グループは、これら3地域で維持されてきた神饌赤米のゲノム配列について、ロングリードシーケンサー(注2)およびショートリードシーケンサー(注3)を用いて解読し、世界各地のイネ系統のゲノム情報と比較することで、その遺伝的関係を解析しました。ロングリードシーケンサーから3種の神饌赤米の全ゲノムを再構築し、イネの各サブグループの代表系統と全ゲノム配列を比較した結果、温帯ジャポニカの系統と最も近いことが判明しました(図1)。


    図1:神饌赤米と各サブグループの代表的なイネ系統のゲノム配列の比較
    ドットの数が少ないほど比較したイネ同士のゲノムが近いことを示す。

     さらに、ショートリードシーケンサーから得られたゲノム情報をもとに主成分分析(注4)を行った結果、地理的に大きく離れた3地域の神饌赤米はいずれも温帯ジャポニカが含まれるクラスターに分類されることがわかりました(図2)。以上の結果から、日本の神饌赤米は温帯ジャポニカであることが明らかになりました。一方で、比較対象として解読した東京都国分寺市の在来種である武蔵国分寺種赤米は熱帯ジャポニカに属することも判明しました(図2)。


    図2:ゲノム情報に基づく神饌赤米と武蔵国分寺種赤米の遺伝的位置づけ

     世界各地のイネ1749系統と神饌赤米、武蔵国分寺種赤米について、ゲノム配列の違いを主成分分析によって解析した図。点が近いほど遺伝的特徴が類似していることを示す。上段は主要なイネ系統全体、下段はジャポニカ系統のみを用いて解析した図。解析の結果、今回解析した赤米は全てジャポニカに属し、神饌赤米4系統は温帯ジャポニカの集団に位置した一方、武蔵国分寺種赤米は熱帯ジャポニカの集団に位置した。

     次に、赤色果皮を決定するRc遺伝子とその近傍のDNA配列を詳しく調べると、神饌赤米のうち本庄赤米、新庄赤米、対馬赤米は類似した配列を持つ一方で、南種子赤米は異なる配列を持つことがわかり、神饌赤米の間でも赤色果皮に関わる遺伝子周辺のゲノム領域には多様性があることが分かりました(図3)。また、興味深いことに、武蔵国分寺種赤米では、ゲノム全体では熱帯ジャポニカに分類されるにもかかわらず、Rc遺伝子周辺には一部の神饌赤米と共通する配列が認められました。さらに、広範囲の配列を調べたところ、ジャポニカのRc遺伝子領域は多様性が極端に低く、機能を失う変異が導入され広がる前に、強いボトルネックを受けて、多様性が大きく減っていることが明らかとなりました。これらの結果は、栽培化直後のイネは赤米であり、その後、14bpの変異が導入され、広がっていったと考えられます。つまり、最初のおコメは赤米だったと考えられます。加えて、日本で受け継がれてきた赤米が単純な一つの系譜だけでは説明できず、地域での維持やイネ系統間の遺伝的交流などを含む歴史を経てきた可能性を示しています。


    図3:赤色果皮に関わるRc遺伝子周辺のゲノム配列の比較

     神饌赤米と武蔵国分寺種赤米について、赤色果皮に関わるRc遺伝子周辺のゲノム配列を、さまざまなイネ系統と比較した図。上段はRc遺伝子を含む広いゲノム領域を示し、下段は黒線で囲んだRc遺伝子周辺を拡大して示した。黄色は基準となる日本晴のゲノム配列と同じ配列、青色は異なる配列を示す。赤い破線は、多くの白米でRc遺伝子の機能を失わせる欠失変異の位置を示す。解析の結果、本庄、新庄、対馬の神饌赤米と武蔵国分寺種赤米ではRc遺伝子周辺に類似した配列パターンがみられた(黒矢頭)一方、南種子の神饌赤米は異なる特徴を示し、赤色果皮に関わるゲノム領域には遺伝的な多様性が維持されていることが明らかになった。

     

     本研究は、神事や祭礼という文化的・宗教的慣習とともに長期間維持されてきた赤米をゲノムの視点から捉えることで、日本の赤米がもつ遺伝的多様性の一端を明らかにしました。神饌赤米には、近代品種とは異なる遺伝的特徴が現在まで残されており、このような在来イネのゲノム情報は、温帯ジャポニカがどのように成立し、多様化してきたのか、さらにはアジアで成立した栽培イネがどのように日本へ伝播し、その後各地域で維持・栽培されてきたのかを理解するための新たな手がかりとなります。また、地域文化とともに受け継がれてきた在来イネを貴重な遺伝資源として保全し、将来に活用していくための基盤となることが期待されます。

     

    発表者・研究者等情報

    東京大学
    大学院農学生命科学研究科

     井澤 毅 教授

     三村 真生 助教

    國學院大學
    大学院文学研究科

     相川 七瀬 特別研究生

    一般社団法人 Culture Plus

     益子 剛

    論文情報


    雑誌名:Plant and Cell Physiology

    題名:Unveiling The Origin of Sacred Red Rice Preserved in Japanese Shrines

    著者名:Manaki Mimura*, Nanase Aikawa*, Tsuyoshi Mashiko, Takeshi Izawa (*は共同筆頭著者)

    DOI:10.1093/pcp/pcag132

    URL:https://doi.org/10.1093/pcp/pcag132

    研究助成

    本研究は、一般社団法人Culture Plusの助成及び、科学研究費助成事業(課題番号:JP22H05172, JP22H05180)、生物系特定産業技術研究支援センタームーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(JPJ009237)の支援により実施されました。

    用語解説

    (注1)Rc遺伝子:イネの赤色果皮の形成に関わる遺伝子。多くの白米ではRc遺伝子に14塩基対の欠失変異があり、その機能が失われている。

    (注2)ロングリードシーケンサー:一度に長いDNA配列を読み取る装置。長い配列情報を利用することで、ゲノム配列をより連続的に再構築することができる。

    (注3)ショートリードシーケンサー:DNAを短い断片として大量に読み取る装置。系統間の塩基配列の違いなどを効率よく調べることができる。

    (注4)主成分分析:多数のデータがもつ特徴を少数の指標にまとめ、サンプル同士の類似性や違いを視覚的に捉えるための統計解析手法。

    問合せ先

    <研究内容については発表者にお問合せください>

    <研究内容について>

    東京大学大学院農学生命科学研究科

    教授 井澤 毅(いざわ たけし)

    Tel:03-5841-5063 E-mail:takeshizawa@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

    <機関窓口>

    東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 総務課広報情報担当
     Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

    関連教員


    井澤 毅

    三村 真生

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