2026年10月
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    日本は中南米カリブ地域と移民・貿易・投資などを通じて重要な関係を築いてきたが、1990年代以降は経済交流が下火になったと言われてきた。グローバル化が進む中、地理的に遠い同地域に直接関与する必要性が低くなり、アジアに資源を集積させたからだ。

    しかし日本経済は3つの重大な課題に直面する。第一は人口減少に伴う国内経済縮小である。第二は大規模災害や感染症、国際紛争を受けたサプライチェーン(供給網)見直しである。

    第三に様々な地政学的懸念の下、基本的な価値観を共有する国との信頼に基づくパートナー関係を確認しながら経済的安全保障を図っていく必要に迫られていることである。このような課題の下、中南米の存在感がジワリと高まっている。

    市場としての中南米は6.6億人の人口と、7.1兆ドルの域内総生産(GDP)を有する。東南アジア諸国連合(ASEAN)と比較して人口は同等で、GDPは1.8倍である。

    中南米の多くの国ではインフレ目標の導入や中央銀行の独立性強化など制度改革が進んだ。物価安定への信認が高まり、外国投資家の安心感につながっている。大規模な市場を抱える中南米は、日本企業にとって重要なビジネスフロンティアと言える。

    中南米の経済成長率をさらに底上げするには生産性向上も不可欠である。様々な課題があるが、それは同時にチャンスでもある。多くの国にとって経済成長の制約と考えられるエネルギー転換は、再生可能エネルギー源と鉱物資源が豊富な中南米にとって、むしろビジネス創出の機会となる。

    低所得層や遠隔地農村には、医療・介護や公共交通といったエッセンシャルサービスが供給されてこなかった。この「未解決市場」をデジタルの力で解決しようとする発想を持った新興企業が多く輩出しており、ユニコーン企業に発展したものもある。

    日本も人口減少地域でエッセンシャルサービスの供給が不足する問題を抱えている。社会課題解決を成長ビジネスにつなげている中南米のベンチャーの経験から学ぶことも期待できる。

    ◆◆◆

    従来の日本企業の中南米への関心は、北米市場向けの製造拠点としてのメキシコに集中してきた。その中心は1990年代までは家電産業であったが、現在は自動車産業である。自動車は日本から部品や鋼板等を供給し、メキシコで組み立てた完成車は主に北米市場へ輸出されるため、日本との関係では中間財輸出が中心であった(表参照)。

    表:日本と中南米間のサプライチェーンの3形態

    ところが近年は中南米から日本への工業製品輸入が増えている。2015〜18年と22〜25年の平均を比較すると、メキシコ製の自動データ処理機械(サーバーなど)とコスタリカ製の医療用機器の輸入額がそれぞれ473%、137%増え、貿易構造の変化を示す顕著な例となっている(財務省・貿易統計)。

    メキシコは北米のデータセンター拠点として重要性を増し、サーバーを構成する機器の生産も集積する。ただし主要な生産主体に日本企業はみられず、日本から現地への関連中間財の輸出も限定的とみられる。サーバー関連に関しては、日本はメキシコからの製品調達が中心である。

    医療機器では、コスタリカはメキシコとともに世界有数のカテーテルの輸出国である。大規模に現地生産を行う日本企業があるため、日本への製品輸入、日本から現地への中間財輸出がともに増加している。

    北米市場を中心とする生産ネットワークがメキシコや中米へ広がり、近年のニアショアリング(地理的に近い国々に事業拠点を移すこと)がその動きを加速する。その結果、表にまとめたように日本・中南米間の供給網が多様化し、日本市場への新たな供給ノード(結節点)が生まれている。供給拠点の地理的な分散は日本の供給網の強靱(きょうじん)化にもつながる。

    茂木敏充外相は8月にメキシコ、パナマ、エクアドル、トリニダード・トバゴを歴訪した。ホルムズ海峡封鎖でエネルギーの安定供給を図る必要がある日本にとって、これらの国々との協力は重要な意義がある。

    メキシコ政府は日本が原油の国家備蓄を放出していた局面で、100万バレルの原油の緊急輸出を行った。同国の産油能力が強化されれば、中東依存を低下させる代替供給先になり得る。

    日本が米国産原油の輸入を急ぐ場合はパナマ運河を通過する必要がある。エクアドルからは少量だが継続的に原油を輸入している実績があり、ベネズエラとのガス田共同事業再開に向けて動くトリニダード・トバゴともエネルギー協力の可能性が高まった。茂木外相の訪問は、これらの国々とエネルギーを含む経済協力を進めることを確認する目的があったと伝えられる。

    日本が石炭を輸入した実績があるコロンビアは、日本との経済連携協定(EPA)交渉を再開する意欲を示している。また日本はペルーからナフサを緊急輸入したが、ケイコ・フジモリ大統領は11月の訪日を調整するなど、日本との関係強化に意欲を示している。太平洋に面する中南米諸国との協力は、日本にとってもとくに経済安全保障上の意義が大きい。

    ◆◆◆

    今年は日本が米州開発銀行(IDB)に加盟して50周年。同行はこれを記念して総額140億ドルの資金供給を見込む中南米向け投資資金供給パッケージと、重要鉱物分野を対象にした3000万ドル規模の無償資金協力による新しい支援枠組み「日本レジリエンス・イニシアチブ」を創設した。重要鉱物の精錬・加工の拡大や産業能力の強化を支援し、強靭で多様なグローバル供給網の構築を目指す。

    このようなイニシアチブは、制度改革に取り組む中南米に、日本の民間投資が参画する後押しとなろう。チリでは国家管理が強かったリチウム資源の開発で民間参入が進んでおり、親ビジネスの姿勢を示すカスト政権下では、8月に初めて民間企業の単独での特別操業契約が締結された。

    経済安全保障という観点では、鉱物資源と食料の供給力が大きい南米南部共同市場(メルコスール)加盟国との関係強化は重要である。日本は6月にメルコスールとのEPA交渉開始で合意した。ブラジルやアルゼンチンなど5カ国が加盟し、人口とGDPで中南米の40%を占めるメルコスールは市場としても大きい。

    メルコスールは南米のハブであるとともに、26年5月に欧州連合(EU)との暫定貿易協定の運用が開始したことにより、EUとの連携も視野に入れた供給網の構築が可能になった。

    日本は地理的な遠さゆえに中南米への直接関与を弱めてきた。従来の日本にとっての位置づけは資源調達先や生産拠点に過ぎなかった。しかし予見可能性が低くなった時代には、市場の確保、供給網の多様化、経済安全保障という多面的な観点から日本の成長と安定を支える地域へと変わりつつある。なかでもメルコスールは、3つの観点すべてで重要性を増している。

    2026年9月23日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

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