だが、わたしはiPhoneを完璧なモノとは呼ばない。それはわたしたちのアテンションをがっつりと奪っていく。時には有害なソーシャルメディアアプリによって。
ドライバーがフロントガラスの向こうで起きていることよりもタッチスクリーンに関心を向けたために、無数のクルマが大破してきた。iPhoneを途切れなくスクロールし続けるドゥームスクロールは、鬱につながることもある。一方、あの活気あるiPodは、喜びしかもたらさなかった。
さらに人々を興奮させていたのが、毎年iPodのデザインをリニューアルしようとするスティーブ・ジョブズの意欲だった。アップルは、初代iPodのデザインを長期間維持することもできたはずだが、ほぼ間を置かずに、重要な刷新を次々と手がけていった。
サイクルが巡るたびに、サイズも形も違うiPodが生まれた。モデルが新しくなるたびに、iPodはより小さく、よりクールになっていくように見えた。まずminiが登場し、続いてさまざまなバリエーションのnanoとshuffleが、奇抜な色や構成で次々と現れた。iPhoneのアップデートも人々に買い替えさせてはきたが、プロダクト全体を丸ごとつくり直すような、あの楽しさはない。
消えたiPodが残した空白
アップルが専用のデジタル音楽プレーヤーとしてiPodをつくり続けているもうひとつの世界線はあるのだろうか。わたしはトニー・ファデルに電話をかけ、この点について話し合った。
ファデルはよく「iPodの父」と表される人物だ。ハードウェアチームを率い、1年足らずという驚くべきスプリントでこのプロダクトを完成させた。その後はiPhoneの開発にも深く関わり、アップルを離れたあとはNestの共同創業に携わり、成功したテック投資家となり、評価の高い著書も執筆している。
ファデルは08年にアップルを退社し、その後2年間はコンサルタントとして関わった。当時、アップルはまだiPodのサポートを続けていた。だが彼の記憶によれば、ジョブズをはじめとする経営陣は、iPodが熱心なユーザー基盤をもつ優れたプロダクトでありながらも、消えていく運命にあるという点で一致していたという。
iPhoneがMacintoshのに次ぐほどの大成功を収め、アップルがiPadのような、潜在的にマスマーケットを狙える新しいイノベーションを追いかけるようになるにつれ、iPodの売り上げは同社の収益にとって、しだいに重要性を失っていった。ジョブズは容赦のない優先順位づけを行なう人物であり、後任のティム・クックも同じ考えだった。
ファデルによれば、iPodの運命について思い悩むことはほとんどなかったという。「議論の中心は、アップルが『価値の低いことをやらない』という点にありました」と彼は言う。それでも彼は、iPodが姿を消したことで生まれた空白が、いまも埋まっていないというわたしの意見には同意している。
iPodがなければiPhoneはなかった
振り返ってみれば、iPodをかけがえのないものにしていたのは、それが「やらなかったこと」──インターネットに接続しなかったことだ、と彼は言う。「iPodはつながっていなかったからこそ、気を散らすようなほかの出来事がいろいろ起きることがありませんでした。いまは、同じようなリスニング体験を得られないまま、つながっていることの煩わしさだけを全部抱え込んでいます。常に気を散らされて、どこか別の場所へ行ってしまうんです」
「この製品は、いまも存在しているべきものでした」と彼は言う。
多くの人がこの考えに同意しているようだ。FacebookやRedditには、スマートフォンへの移行を拒み、古いiPodを改造して使い続けるために大変な手間をかける人々の、活発なコミュニティが複数存在する──大容量のフラッシュドライブを入れたり、Bluetoothを取りつけたりといった改造だ。
iPhoneをiPod Classicのような見た目・操作感にするアプリさえ存在する。これはかなりよくできているが、それを導入したとしても、あなたはフィードやメールなど、音楽よりおよそ楽しくない生活のあらゆるものから、たった1回のスワイプしか離れていない。
