「これでアルファロメオMiToはいらないね」
MAZDA 跳HAZUMI マツダの一文字コンセプトカーの一台。HAZUMIと読む。
2014年3月、スイスで開催されたジュネーブモーターショー。マツダが世界初公開したコンセプトカー「跳(HAZUMI)」の写真を見て、編集部員のひとりが言った。
「かっこいい。これでアルファロメオMiToはいらないね」
もちろん、冗談半分の発言だった。しかし、それくらいHAZUMIは魅力的なコンパクトカーだった。
当時、個性的なスタイリングを持つコンパクトカーの代表格のひとつが、アルファロメオMiToだった。2008年に登場したMiToは、アルファロメオ8Cコンペティツィオーネのデザイン要素を取り入れた3ドアハッチバック。コンパクトなボディにイタリア車らしい色気とスポーティさを凝縮したモデルである。
アルファ ロメオのコンパクトモデル、MiTo(ミト)。2008年デビュー。
HAZUMIは、そんなMiToと比較したくなるほど、存在感のあるデザインをまとっていた。
面白いことに、両車のボディサイズはほとんど同じだった。
MAZDA 跳HAZUMI
HAZUMIの全長は4070mm、全幅1730mm、全高1450mm。一方、MiToは全長4060mm、全幅1720mm、全高1440mm。全長、全幅、全高の差は、それぞれわずか10mmである。
ただし、MiToが3ドアだったのに対し、HAZUMIは5ドア。日常の使い勝手も求められるBセグメントのコンパクトカーとして、マツダは独自のスポーティさを表現しようとしていた。
「跳」という名前に込められた意味
HAZUMIは、マツダのデザインテーマ「魂動(こどう)-Soul of Motion」を、コンパクトカーに展開したモデルだった。
「跳」という名前には、小さな動物が勢いよく飛び跳ねるようなイメージが込められている。
2010年に発表された「靭(SHINARI)」を起点に、マツダは魂動デザインを量産車へと展開してきた。CX-5、アテンザ、アクセラと続いた新世代商品の流れを、次はコンパクトカーにも広げようとしていたのである。
MAZDA 跳HAZUMIのデザインスケッチ
しかし、コンパクトカーで魂動デザインを成立させるのは、簡単なことではなかったはずだ。
大きなクルマなら、長いボンネットや伸びやかなボディサイドによって、前方へ進もうとする動きを表現しやすい。ところが、全長4m前後のBセグメントでは、室内空間を確保しながら、限られた寸法のなかでプロポーションを成立させなければならない。
MAZDA 跳HAZUMI
MAZDA 跳HAZUMI
HAZUMIは、短い全長のなかに存在感のあるノーズと後方へ向かって引き締まるキャビンを組み合わせ、コンパクトカーでありながら、走り出す直前の動物のような緊張感を表現していた。
とりわけ印象的だったのは、フロントからリヤへと流れるボディサイドの造形だ。前輪まわりの力強さと、後輪へ向かう動きを感じさせる面構成によって、停まっていても動きが感じられた。
単に大きなマツダ車を縮小したのではない。小さなクルマだからこそ可能な、凝縮された躍動感を狙ったのである。
わずか4カ月後、HAZUMIはデミオになった
MAZDA 跳HAZUMI
マツダ・デミオ(4代目)
HAZUMIがジュネーブで公開されたのは2014年3月。そして同年7月17日、マツダは防府工場で新型デミオの生産を開始し、その姿を世界初公開した。
HAZUMIの登場から、わずか4カ月あまりだった。
これほど短い期間で量産車が姿を現したのだから、HAZUMIが公開された時点で、4代目デミオの開発はすでに最終段階に入っていたと考えるのが自然だ。
MAZDA 跳HAZUMIのデザインスケッチ
マツダ・デミオ(4代目)のデザインスケッチ
つまり、HAZUMIはまったく新しいアイデアの実現可能性を探るためのコンセプトカーというよりも、開発が進んでいた次世代デミオのデザインを、より純粋な形で表現したショーモデルだったといえる。
では、コンセプトカーのどこが量産車に受け継がれたのだろうか。
18インチから15インチへ。それでも躍動感は失われなかった
上がHAZUMI、下がデミオだ。
まず、両車の寸法を比較してみよう。
項目HAZUMI4代目デミオ差全長4070mm4060mm-10mm全幅1730mm1695mm-35mm全高1450mm1500mm+50mmホイールベース2585mm2570mm-15mmタイヤサイズ215/45R18185/65R15―タイヤ外径(計算値)約651mm約622mm-29mm乗車定員4名5名+1名※量産デミオは2014年発売時の2WD・15インチタイヤ装着仕様。
まず注目したいのは、全長とホイールベースがほとんど変わっていないことだ。全長は10mm短く、ホイールベースは15mm短縮されたものの、基本的な前後輪の位置関係はおおむね維持された。
一方、全幅は35mm狭くなり、日本の5ナンバー枠に収まる1695mmとなった。全高は50mm高くなっている。
そして、もうひとつ大きく変わったのがタイヤだ。
HAZUMIは215/45R18という、Bセグメントのコンパクトカーとしては非常に大きな18インチタイヤを装着していた。これに対して、量産デミオの標準的な仕様は185/65R15。タイヤ幅は30mm細くなり、ホイール径は3インチ小さくなった。タイヤ外径を計算すると、HAZUMIは約651mm、デミオは約622mm。約29mmの差がある。
つまり、タイヤ半径だけで考えれば、デミオの車軸中心はHAZUMIより約15mm低くなる計算だ。ところが、実際の全高はデミオの方が50mm高い。
単純計算では、車軸中心からルーフまでの高さが約65mm増えたことになる。もちろん、サスペンションの設定やタイヤの負荷半径などが異なるため、ルーフをそのまま65mm持ち上げたという意味ではない。
しかし、量産化に際して、キャビンの高さや室内空間の確保が重要な課題だったことをうかがわせる数字である。
それでも、サイドビューの比較写真を見ると、デミオはHAZUMIの印象を大きく損なっていない。
フロントノーズの存在感、前後輪とキャビンの位置関係、後方へ向かって上昇するベルトライン。こうした基本的なプロポーションが受け継がれているからだろう。
ショーカーの大径タイヤや低いルーフに頼るのではなく、ボディ全体の造形によって躍動感を成立させていた。そこにHAZUMIのデザインの優秀さがあったのではないか。
フロントとリヤは、どこまで再現されたのか
上がHAZUMI、下がデミオだ。
フロントビューを比較すると、HAZUMIとデミオの共通性は明らかだ。大きな五角形のグリル、その周囲を縁取るシグネチャーウイング、鋭いヘッドライト。いずれも量産デミオに受け継がれた。
ただし、HAZUMIのヘッドライトは非常に薄く、丸い発光部分を鋭い外形で包み込んだ、ショーカーらしい造形だった。量産デミオでは、ヘッドライトのユニットが大型化し、内部の構成も現実的なものになっている。それでも、円形の光学要素を中心に据えた目つきは共通している。
上がHAZUMI、下がデミオだ。
バンパー下部の開口部やフォグランプの配置なども変更されたが、クルマ全体の表情はよく似ている。
一方、リヤビューでは変更点が目立つ。
上がHAZUMI、下がデミオだ。
MAZDA 跳HAZUMIのリヤビュー
マツダ・デミオ(4代目)のリヤビュー
HAZUMIは薄いテールランプと立体的なバックドア、中央の2本出しマフラーによって、コンパクトなスポーツカーのような印象を与えていた。
量産デミオではテールランプが大型化し、マフラーも片側1本出しに変更された。リヤウインドウやバックドアの造形も、視界や使い勝手を考慮した現実的なものになっている。
しかし、左右のリヤフェンダーの張り出しや、キャビンを絞り込んだことによる踏ん張り感は残されている。
フロントとリヤのディテールには変更があっても、基本的なボディの姿勢や面構成は受け継がれた。量産デミオがHAZUMIによく似て見える理由は、そこにある。
コックピットもHAZUMIのデザインを忠実に再現した
HAZUMIから量産デミオへの変化は、エクステリアだけではない。
コックピットの比較写真を見ると、インテリアもコンセプトカーのデザインを驚くほど忠実に再現していることがわかる。
まず、メーターである。
上がHAZUMI、下がデミオだ。
HAZUMIは中央に大型の円形メーターを配置し、その左右に小型ディスプレイを組み合わせていた。量産デミオでも、この基本構成は変わらなかった。
HAZUMIではデジタル表示を多用していたのに対し、量産デミオではアナログ指針式のタコメーターを中心に据えた。しかし、ドライバーの正面に大きな円形メーターを配置するという考え方は共通している。
さらに、メーターフード上には独立したヘッドアップディスプレイを配置。これも量産デミオに「アクティブ・ドライビング・ディスプレイ」として採用された。
上がHAZUMI、下がデミオだ。HAZUMIは左ハンドル、デミオは右ハンドル。
インストルメントパネル全体の構成にも共通点が多い。
水平基調のインパネ、丸型のエアアウトレット、ドライバーを中心にまとめられた操作系。助手席側をすっきりとした水平面で構成し、運転席側に情報と操作を集約する考え方も同じだ。
もちろん、HAZUMIの白いインパネや赤いシート、未来的なディスプレイ類を、そのまま量産化したわけではない。量産デミオでは、実用的な素材や部品に置き換えられている。
MAZDA 跳HAZUMIのインテリア
マツダ・デミオ(4代目)のインテリア
それでも、ドライバーが運転席に座ったときに感じる世界観は、かなり忠実に再現されている。
HAZUMIが予告していたのは、単に次期デミオのエクステリアではなかった。コックピットのデザインや、運転に集中できる環境づくりまで、量産車に受け継がれていたのである。
デザインだけではなかったHAZUMIの提案
SKYACTIVのエンブレム
HAZUMIが予告したのは、デザインだけではない。
2014年のジュネーブモーターショーでは、マツダは新開発の1.5Lクリーンディーゼルエンジン「SKYACTIV-D 1.5」も世界初公開した。
このエンジンは、同年登場した4代目デミオに搭載された。
低圧縮比を採用したSKYACTIV-D 1.5は、コンパクトカーでありながら力強いトルクを発生し、燃費性能と走行性能の両立を目指したものだった。
当時の日本のBセグメント市場では、ハイブリッド車が燃費性能を訴求する一方、マツダはクリーンディーゼルという異なるアプローチを選んだ。
4代目デミオは、マツダの新世代商品群の第4弾として、SKYACTIV技術と魂動デザインを全面的に採用したモデルだった。安全技術やコネクティビティも含め、上級車で培った技術や考え方を小さなボディに凝縮していた。
つまり、HAZUMIは、マツダが次世代コンパクトカーに何を求めるのかを、デザインと技術の両面から示していたのである。
デミオからMAZDA2へ。なぜ12年間も古びなかったのか
4代目デミオは、海外では当初からMAZDA2の名前で販売された。
そして2019年、日本でも車名がMAZDA2に変更された。マツダが国内の車名体系をグローバルで統一する流れのなかで、デミオという長く親しまれた名前は姿を消した。
しかし、クルマそのものの基本的なプロポーションは変わらなかった。
2014年のデビューから、すでに12年が経過している。
自動車のモデルサイクルを考えれば、これはかなり長い。もちろん、フルモデルチェンジが行なわれなかった背景には、マツダの商品戦略や開発リソースの配分といった事情もあるだろう。
だが、いくらメーカー側の事情があったとしても、商品としての魅力を維持できなければ、これほど長く販売を続けることは難しい。
筆者は、その魅力を支えてきた大きな要素のひとつが、デザインだったと考えている。
マツダ・デミオ(4代目)
とりわけプロポーションだ。
ボディ表面のディテールやフロントマスクは、時代によって流行が変わる。しかし、クルマ全体の姿勢や前後輪とキャビンの位置関係といった基本的な造形は、簡単に変えることができない。
4代目デミオは、2014年の時点で、その基本形が高い水準で完成していたのではないか。
そのことが、12年間にわたるモデルライフを支えた理由のひとつだったように思う。
2023年、木元英二氏がMAZDA2に新しい表情を与えた
2023年に商品改良を受けたMAZDA2
その長いモデルライフのなかで、特に興味深いのが2023年の商品改良である。
このとき、MAZDA2のフロントデザインは大きく変更された。
2023年に商品改良を受けたMAZDA2
改良の開発コンセプトは「好きを探せる相棒」。
従来のMAZDA2が持っていた精悍でスポーティな表情に加え、より親しみやすく、ユーザーが自分らしさを表現できるクルマへと方向性を広げた。
象徴的だったのは、フロントグリルの表現だ。ボディカラーと組み合わせた新しいグリルデザインや、多彩なカラーコーディネーションによって、従来とは違う印象を与えた。
このデザイン変更を担当したのが、現在マツダのデザイン本部長を務める木元英二氏である。興味深いのは、2023年の改良でも基本的なプロポーションには手が加えられていないことだ。
2014年にHAZUMIから受け継いだ骨格を生かしながら、表情を変えることで新しい魅力を与えた。スポーティさを求めるユーザーにはスポーティなグリルを、親しみやすさや遊び心を求めるユーザーには別の表情を用意する。
ひとつの優れた基本デザインが、異なるキャラクターを受け入れる余地を持っていたともいえる。
12年というモデルライフを振り返ると、2023年の改良は、MAZDA2のデザインが持つ懐の深さを示した出来事だったのではないだろうか。
2025年、マツダは次のコンパクトカーの姿を見せた
2025年ジャパンモビリティショーでワールドプレミアされたVISION X-COMPACT
そして2025年10月、ジャパンモビリティショーでマツダは「MAZDA VISION X-COMPACT」を世界初公開した。
全長3825mm、全幅1795mm、全高1470mm。全長はHAZUMIより245mm短い一方、全幅は65mm広い。
そのスタイリングは、HAZUMIや4代目デミオとは明らかに異なる。
HAZUMIが低いノーズや伸びやかなボディサイドによって躍動感を表現したのに対し、VISION X-COMPACTは、よりシンプルで凝縮感のあるフォルムを採用している。
VISION X-COMPACT
フロントマスクにも、2023年のMAZDA2が示した親しみやすさと通じるものがある。
マツダがVISION X-COMPACTで提案したのは、共感型AIなどを通じて、クルマが乗る人のことを理解し、まるで親友のような存在になるという未来像だった。
ここで押さえておきたいのが、マツダにおける「Concept」と「Vision」の違いである。
HAZUMIのようなConceptモデルは、近い将来の量産車を予告する役割を持つことがある。実際、HAZUMIの公開からわずか4カ月後には、量産デミオが姿を現した。
一方、Visionモデルは、特定の量産車を予告するというよりも、マツダが目指す将来の方向性を示す存在だ。
実際、マツダ関係者によれば、VISION X-COMPACTが2025年のジャパンモビリティショーで公開された時点では、具体的な量産計画はなかったという。
しかし、ショーでの反響は大きかった。
その反応が、今後のマツダのコンパクトカー開発に何らかの影響を与える可能性はあるだろう。ただし、VISION X-COMPACTがそのまま次期MAZDA2になると決まったわけではない。
2023年のMAZDA2のデザイン変更を担当した木元英二氏は、2025年にはデザイン本部長となり、マツダのデザインを率いる立場にある。
HAZUMIからデミオ、MAZDA2へ。そしてVISION X-COMPACTへ。
この流れを追うと、マツダがコンパクトカーに求める魅力が、スポーティな躍動感だけでなく、親しみやすさやユーザーとの関係性へと広がっていることが見えてくる。
HAZUMIはどうなった?
MAZDA 跳HAZUMI
2014年のジュネーブモーターショーで登場したHAZUMIは、同じ年に4代目デミオとして量産された。
コンセプトカーより全幅は35mm狭く、全高は50mm高くなった。それでも、躍動感のある基本的なプロポーションは量産車にも受け継がれた。
デミオはMAZDA2へと名前を変え、商品改良を重ねながら約12年間にわたって販売された。
マツダ・デミオ(4代目)
マツダの商品戦略や開発リソースの事情が、長いモデルライフの背景にあったことは否定できない。しかし、筆者は、それを可能にした大きな理由のひとつが、HAZUMIから受け継いだ基本デザインの魅力だったと考えている。
2014年、HAZUMIを見て「これでアルファロメオMiToはいらないね」と言った編集部員がいた。
あのときの言葉は、決して大げさな評価ではなかったのかもしれない。
HAZUMIは、コンセプトカーとして人々を驚かせただけでなく、そのデザインを量産車として実現し、長い時間をかけてその価値を証明したのである。
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