東日本大震災で大津波が押し寄せ、被災した全国の自治体の中で最も多い約4000人が犠牲になった宮城県石巻市。
なぜ、これほど多くの人が逃げ遅れてしまったのか。
その理由を明らかにし、津波避難の教訓を後世に伝えようと、震災伝承団体が、生き残った住民約100人に当時の避難行動の調査を実施し、あの日の住民の動きをCGで再現した。すると、多くの住民に共通する危険な避難行動が浮かび上がってきた。
東日本大震災から13年。大津波を経験した住民の証言から、命を守る避難行動を考える。
ナレーター:鈴木奏斗(khbアナウンサー)
制作:東日本放送
#東日本大震災 #津波避難 #宮城県石巻市
【テレメンタリー】テレビ朝日系列の全国24社が共同で制作するドキュメンタリー番組。
週替わりで各局が制作を担当し、独自の視点で制作しています。
※地域ごとに放送時間が異なります。詳細はHPをご覧ください。
https://www.tv-asahi.co.jp/telementary
[音楽] [音楽] 13年前のあの 日うわまもうあれもっともっと高いあれ あれあらやばいよやばいよこれも大丈夫す かいやここもやばいよ あややられた やばいやばいやばい やばいやばい やばい巨大津波が全てを奪いまし [音楽] た宮城県石巻市の死者行方不明者は全国で 最も多い 3970 人もっと早く避難してれば全然助かれた命 だったのでそれは公開は消えないですね ずっとなぜ逃げれてしまったの か生き残った100人の証から住民の動き が見えてきまし た自宅に子供がいるんじゃないかなってん で私が行かないとダメだろうと思ってです よ ねそこには多くの人が陥った危険な避難の パターン が一方で住民を高台へと向かわせた避難の 連鎖も起きていましたあの皇典にいる皆 さんも日山に行ってくださいっていうあの 言葉がなかったら私たちはここで死んでい たんだなと思い ます東日本大震災から13 年 浮かび上がる精子を分けた津波避難の教訓 [音楽] です 太平洋を臨む宮城県石巻市の南浜門脇 [音楽] 地区住宅が肩を並べるようにのきをつられ およそ1800世帯4500人の営があり まし た しかし高さ7mを超える津波が飲み込み まし た死者行方不明車は人口の1割以上の 545 人復興記念公園に姿を変えた海沿いの 町画面奥が高さ50の高台日山 です沿岸からはおよそ 700m歩いて10分 ほど津波到達までの57分の間に避難 できる距離でし たあおになりますおございますただとった んです多くの住民が逃げ遅れた理由を 明らかにしようと震災伝承団体が東北大学 と協力し当時の避難行動を調査しまし たちょっと私のうちはふ工事になってたの
で西側の方にちょっと出ましてまとにかく 避難するということをまず最初に考え てすぐに避この地区で暮らしていた住民 100 人地震発生にいた場所やいつ誰とどこに 逃げたのか5年かけて聞き取りまし [音楽] た上がったりたり伝団体の中川 [音楽] さんたくさんの方々がやっぱり戻ったりと か動かなかったりっていうのはしているん ですけもそれぞれ必ずご事情があるんです ねあの3月11日だけじゃなくて次の災害 ももしかしたら同じことが起きてしまうん じゃないかと思ったのでまその3月11の 実際の行動っていうのを見えるかしようと いうことを思いまし た100人の証言からあの日の避難行動が 見えてきまし た画面下が太平洋 画面上が高台の 日山その麓にあったのが地区の指定避難 場所だった門脇小 学校地震発生から3分後大津波警報が発表 されますがすぐに高台に向かう人はいませ [音楽] ん15分後集団で避難を始めるグループ が学校の教員と児童 [音楽] ですこの頃から徐々に高台に逃げる人が 増え始めまし たしかし一向にその場から動かない人や 地区の中を行ったり来たりする人も見られ ますそして地震発生から57分 後 津波が地区を飲み込みまし た地妻と子供の5人で暮らしていた草島 さん家庭教師の仕事をしていてえ後の家に 向かう途中で自信に会いまし た家に娘ってか子供がいたんで例えば タンスとかなんかが倒れてお父さん助けて とかって言ってるえ言ってても私が怖い から戻んなくてぐったりしてる娘を見た時 に自分として大丈夫だろうかみたいに思っ たらの不安がだんだん大きくなっていて 小さくする方法って言った直接自分の目で 確認するしかないっていうことで見に 行こうと思いましたよ ね海岸から5kmほど離れた場所にいた 草島さん族と連絡がつかず海のそばにあっ た自宅へと車を走らせまし た地震発生から30分後自宅に 到着しかし家族の姿はありませんでし た家族を見つけたいその思いが草島さんを 焦らせ
[音楽] ます次に避難所の小学校にも行きますが そこでも家族は見つかりませ んこの時知り合いとかわした会話にさらに 翻弄され ます草島さんどうなのっていやうちも ちょっと今晩っていうよりあの少なく とも10日かぐらいは避難所で暮らさない とだよねうちもちょっと難しいんだみたい なだからうち はこういうもの持ってきたけども持ってき たのって聞かれてただ来てるだけなんで何 の準備もしないで避難中に来たらダメだっ たのかな と地震発生から54分が経過していました が避難所生活に備えようと再び海のそばに ある自宅に向けてハンドルを切りまし たその 時自宅の数十メート手前で道の先から黒い 水がゆっくりと迫ってきました慌てて 引き返そうとした瞬間目に飛び込んだのは 巨大な津波でし た目の前に高い水平線が ある津波を見た時 に私はあの死を覚悟したというより死んだ と思いましたよね うんバックのままアクセルを踏み込んだ 草島 さん間一発のところで高台まで逃げること ができまし た家族は別の場所に避難していて無事でし た同じ判断した人はかなりの人数いると 思うんですよで大半の人が死んでいるん だって 災害が起こった時にどうしようと思ったら やっぱりね戻るんだよ人はうんだ から災害が起こる前に家族の信頼を深め てくだ から家族のためにも安全な場所にすぐに 逃げるっていう風にするしかないと思い ますよね うん調査を進めると住民のおよそ半数が2 回以上多い人で7回移動を繰り返していた ことが分かりまし [音楽] た調査対象者を自身発生ジにいた場所で グループに分けるとある共通点 が津波が到達した時に住民がいた場所を見 てみ ます草島のう先にいた人は多くが自宅や 職場などに戻っていて避難が遅れていまし た結果的に外出先にいた人の半数以上が命 の危険にさらされていたの です一方自宅や職場小学校にいた人は ほとんどが高台へ避難していました
[音楽] 調査からはさらにもう1つ自宅と店舗を 兼ねた場所にいた人のリスクが 浮かび上がってきまし [音楽] た自宅が文房具店だった峰岸みさ子さん 父たけしさん と母ひ さん祖母みよ子さんの3人と自宅にいまし たなんかもう家が潰れそうなくらいの自信 だったので物もいっぱい上からこごちゃ 落ちてきて足の踏み場もないくらいだった のでお父さんはま仕事の書類が ぐちゃぐちゃになってたのでそれを直し たりしてあとおばあさんも自分のお店で物 を直してまし たま多分津波の頭がなかったと思うので そのまま片付けて日常生活が遅れると思っ てたと思い ます峰岸さんは家族に避難を促しました が両親と祖母は散乱した商品の片付けなど に追われていました 自宅は高台の麓にありましたが家族を待っ てとまり続けた峰岸 さん地震発生から50分が過ぎた頃でし た家の斜め前がスーパーだったんですけど そのスーパーの従業院のお姉さんが走って 家の前を逃げてたのを見てあこれはなんか 本当にやばいんだろうなと思ってもう両親 とおばあさんにちょっと本当にやばいから 逃げる準備してっていうのでそれぞれ準備 をさせてる感じでし たこの時津波はすでに堤防を乗り越え迫っ ていまし たみさんは自宅ごと家族と共に飲み込まれ ました 前からバリバリみたいな感じでもバー みたいな一気に波が襲ってきた感じです 本当一瞬だったんですけどあやば凄まじい なっていう風に思いまし た意識を失いながらも奇跡的に一命を 取り止めた峰岸 さんと祖母は帰らぬ人となりまし た峰岸さんはあの日の自分に何度も 問いかけてい ますすぐ家の後ろが高いところというか 階段上がってったらすぐ助かれところだっ たのでもっと早く避難してれば全然助かれ た命だったので それは公開は消えないですね [音楽] ずっと調査の結果自宅と店舗を兼ねていた 場所にいた人は商品の片付けや客の避難 誘導をしていたためおよそ7割が逃げ遅れ ていて調査対象者の中で最も多かったこと
が明らかになりまし た島さん今日はよろしくお願いします よろしくお願いします にこう行くような流れっていのが分析に あたった牧島文康さんこれはあの住民が 逃げ遅れた背景にあるもう1つの要因を 指摘しますたこの図では現れてないんです けど石牧市に過去にチ地震津波の際に津波 が出来したんですけどもその際にそれほど 被害が大きくなかったという経験から今回 の津波のリスクを低く見積もってしまった 方っていうのがいらっしゃいました例えば 津波が来たとしてもま1回がつるぐらいだ から最悪2階に逃げればいいと言ったよう な声も聞かれまし た様々な事情によって逃げ遅れた [音楽] 住民その一方で避難を後押しした行動が あったことも分かってきまし た あの日日山で撮影された映像 [音楽] です教員に連れられて高台へと避難する 児童が移っていまし た地震発生からおよそ15分後小学校では 教員の呼びかけで児童224人が避難を 開始 多くの住民が動き出す前に高台へと向かっ ていまし [音楽] た子供たちはもあのすごく怖かったと思い ますですから必死になってあのここ駆り まし た門脇小学校の校長だった鈴木子 さん避難の式を取っていましためて 常に避難訓練の時は高田へっていう津波が 汚な地震連動でえ高台へっていう風な訓練 をしておりましたしとにかく早く 早く一刻も早く子供たちを安全な場所へ 避難させることその1年のみです ねい団避難がクラスに働き ます子供たちが先に逃げたことを知った 保護者が後を追いかけて高台へと向かい 結果的に津波から逃れていたの ですまた集団避難を見て危機感を感じ避難 した住民がいたことも分かりまし た高台への避難の流れはさらに広がって いき ます 私と主人と息子とあと私の実の兄と4人 で角商に来まし たあのちょうどこの辺りに来た時に主人が あの犬を え庭に繋げっぱなしにしてきたっていう ことで一度家に帰りますはい
あの 1人 いらっしゃいうんいらっしゃいました はい自宅に戻った夫の帰りを待って ひたすら皇帝にとまり続けていまし たすごく緊張してたであと焦ってたのは 覚えています何も考えていませんでした とりあえず角野小学校が最終目的地でした はい 地震に動揺していて高台まで逃げる考えが なかった石川 [音楽] さん しかし子供会の友人が皇帝にいる人たちに 山に避難してくださいって角小学校の先生 が言ってますっていう風に伝えてたんです でそれを聞いて その時初めてスイッチが入ってここにいる 必要がないんだ山に行かなきゃいけないん だって思いまし た皇帝では4人の教員が残って高台への 避難を呼びかけていまし たこの呼びかけは教員から住民へ住民から 他の住民へと繋がり石川さんの耳に入った のです [音楽] 背中を押されるように避難を返し山を 駆け上がりまし た皇帝に戻った夫も避難を促され高台 へ石川さんが避難を始めて15分 後津波が押し寄せまし た私が今生きているのはあの声がけ あの言葉がなかったら私たちはここで死ん でいたんだなと思い ます避難行動を分析した牧島さんは小学校 の率先避難によって住民が高台へと続いた 流れを避難の連鎖と呼んでい ますやっぱりそうした率先避難っていうの はこう当初津波の危機感を高く持ってい ないような方にも影響してそうした方が 逃げられることにも繋がりうるという ところは重要な点だと思いますプラスにも マイナスにも自分のこう行動っていうのは 自分が思ってる以上の意味を持っている と東日本大震災から13 年やばいやばいやばいやばいやばい やばいやばい やばい再び津波が劣等を襲いましたなんで ガ被害の大きかった石川県 鈴あおはようございますありございました それが一の市で避難行動を調査した震災 伝承団体の中川さんの姿がありましたそれ はお父さんもですかお1人であのなんか 自信が起きた時にやっぱその津波来るかも てやっぱその東北のああいうイメージと
かってやっぱ浮かありましたうん1番は その東日本のうんうんあの被害の状況ちは テレビとかでしか見てないですけどうん うんそういったもんがあるからやっぱり 津波って怖いもんだていうは分かってます ねそれこの人ほの地区ほの地区で一応 こっちかこっち行ってくださいとはいはい そういう風な訓練は年に1回しとるあの東 地震 で道具のことがあるからはいそんなもたと か掃除はそういうまじゃなくしてとにかく 体が大事やからとにかく逃げようはいはい はいそれ1つや [音楽] ね東日本大震災の教訓が人々を高台へと 向かわせ命をついでいまし [音楽] た私たちもその阪神淡路とか中越から学ん だりしていますしやっぱりその学び続ける ことが大事っていうのも1つなのかなとは 思いますあの津波が来るなら私のならどう する私のうちはどうするっていうのを ちょっと考えていただく時間を持って いただくそういうことが命を守るにつって いくのか な今この瞬間に起きるかもしれない次の 災害に備え [音楽] [音楽] て教訓を心 [音楽] に [音楽] I
38件のコメント
自分が死ぬと思ってなかったからでしょ
地震大国だからこそ日本国民が全員舐めてたんだろうな。
たまたまそこだっただけで、他の場所が被災して津波来てても同じような結果だっただろうな。
だってあの当時は完全に津波というものを日本国民は舐めてたもん。
荒浜小学校の黒板に書かれてあることを見た瞬間の人間の勇気を見せつけられたね
家族等が全員すぐに動くことができる人であれば避難場所を決めそこに逃げると話し合いはできますが、もし、高齢者や身体的にすぐ動くことができない人がいる場合は避難しなければと自宅に戻ってしまうというのはあると思います。
震災があった地域では言い伝えがあるようで逃げる人はすぐに逃げている中で油断があったのか事情があったのかも知れませんが、逃げていない人もいて残念に思いました。
平和ボケって言うやつです
23:10←「荷物を持ったとか掃除ではなくて体が大事 とにかく逃げよう それ一つ」
防災減災に関して物への備えを重要視している人もいるが、「逃げることができなければそれを使うこともできない」。
一分一秒でも早く動きはじめる。そしてより高いところを目指す。
Rom 3:23
For all have sinned, and come short of the glory of God;
Rom 6:23
For the wages of sin is death;
Psalms 9:17
The wicked shall be turned into hell, and all the nations that forget God.
Acts 8:37
And Philip said, If thou believest with all thine heart, thou mayest. And he answered and said, I believe that Jesus Christ is the Son of God.
Rom 10:9
That if thou shalt confess with thy mouth the Lord Jesus, and shalt believe in thine heart that God hath raised him from the dead, thou shalt be saved.
Corinthians 15:3-4
For I delivered unto you first of all that which I also received, how that Christ died for our sins according to the scriptures; And that he was buried, and that he rose again the third day according to the scriptures:
Ephesians 2:8-9
For by grace are ye saved through faith; and that not of yourselves: it is the gift of God: Not of works, lest any man should boast.
… … …
……
被災地の者ですがやはり、家に通帳を取りに行った、家に家族を迎えに行った(家族は避難していていなかった)、コンビニに電池や懐中電灯を買いに来たお客さんと対応していたてんいさん、全て津波で亡くなりました。
家族や職場の人、友人などとは定期的に災害が起きた時どうするかどこに逃げるかなど話し合っておいた方がいいです。
自宅が高台にあって無事でも本人が津波を見に行って亡くなった方もいます。
みなさんが命を守れる行動ができますように
私のいとこ家族は地震後津波が来るとは思わず家の中の片付けをしようとしていた親を引きずって避難所に取り敢えず行こうと避難して無事でしたが、ご近所さん達にも声をかけたけど、片付けしなあかんからと残った人達は津波で亡くなったそう。震災2年後に従姉妹を訪ねて実家のあった場所に連れて行って貰ったけど何にも無かった😢ホントに何にも。。。
良い番組でした。
岸田が悪いで話は終わり。岸田は被災者に謝罪して回れ。
自分が避難するは簡単だけど家族がどうなってるか確認できないと難しいな
12:49 年寄りの説得って難しいからね。子どもや子どもぐらい年の離れた者の言うこと聞かない人は置いていっても仕方ないんだよ。
海沿いなのに人的被害が出るなんて
ご先祖様はさぞや嘆いているだろうな
一言で言うなら津波を舐めてた、これに尽きる…実際俺もここまで津波の被害出るとは思ってもみなかった
東南海地震に要警戒
こんなとこに住むなら地域活動で避難訓練とかせな生きてけん
13:30 逃げる準備して、がもうダメなんだよね
逃げるのに準備は必要ない
今すぐに高い所へ逃げるだけ、それ以外に何もしなくていい
津波が来ないならあとからでも取りに来れるから、なにはともあれまず避難
あれだけ東日本大震災の津波映像や番組が繰返し流され、また世界中に津波の恐ろしさを叩き込まれたと思ってました。自分自身もまだまだ自覚が足りないと感じました。日本に住んでいる以上、地震→高台に即刻逃げるよう習慣化しようと思いました。
まずこの国には震災国なのに震災で命を守るために何も持たず避難してすべての財産を失ったという状況になりかねないから人は不安ですぐに逃げようとしない、安心できないが現状。この国の政府は存在するだけで何の役に立っていないなあ。
1番は連絡とれる環境を作ること、スマートフォンで状況を共有するの大事かも
普通に小学生数百人を、発生からたった15分で集合・点呼・連絡・避難開始までいくってすごすぎるでしょ。
人間は震災を経験しないと学ばない。50Mの防波堤造るべき。
三陸沿岸に住む人達は小さい頃から 「地震が起きたらまず高台に非難」 を繰り返し教わってきたはずで、「それでも非難せずに亡くなられる方々がいるのはなぜ?」 ということを検証・周知するこういう番組はとても価値があると思いました。
個人的にも 、自宅兼店舗に住む方々が高確率で亡くなられているというのは初めて知りました。「何も持たなくて良いからまず非難」 も、現実に災害に直面すると想像以上に難しいんだろうなと思います。胆に命じると共に、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
車がぐちゃぐちゃになってるのをみると改めて津波ってのはただの海水ではないってのがわかる
あんなに十数年以内くらいに宮城沖が来ると言われていたのに家族の避難場所とかを決めていなかったり避難所から家へ戻っちゃったりするケースが多いのね
家族でGPS 共有はありと思う。
あの津波から逃げ遅れるなとか難易度高すぎ
貴重品取りに戻る気持ちは、よくわかる。
火事場泥棒なんて、本当は許しちゃいけないんだよな。
校長が有能で本当によかった
もうとにかく沿岸部で大きい地震にあったら高台に逃げて、、
様子を見に行ったり、どうせ来ないでしょうという軽はずみな行動で何万人もの命が奪われるのは見てられない。諦めないで逃げてほしい。
これで亡くなる人は居なくなりますね
ご遺族の方々や被災された方々には、つらい気持ちの中でも取材や調査にご協力していただいて本当にありがとうございます
伝えてくださった思いは深く受け止めました
緊急地震速報、防災無線多くの連絡手段があっても大丈夫 だろうが命を奪う。
今回の報道は逃げ遅れた原因の追求されて良い番組ですね。
北陸の地震には活かされていなかったのが残念です。
長崎の原爆の証言で当時の行動、時間、場所を追体験できる資料をみて東日本大震災のもみてみたかったんだよね、ありがたい。
蓮舫と菅の避難指示が遅かったんだよ
被爆者もアニメで鼻血出ただけで規制かけられて口封じ
13年経ったいまでも、あの日の事だけは詳細に覚えている。これは一生忘れる事ないんだと思う