終戦80年特別番組「そのとき戦争が生活の中にあった」~第3章 戦争と天気予報~(2025年8月16日放送)【アサデス。KBC】
台風シーズンの8月は1年で最も天気予報が気になる時期だ。
しかし、80年前の夏、終戦まで、日本から天気予報は消えていた。
1941年12月8日、日本による真珠湾への奇襲攻撃のまさにその日から天気図には軍事機密を表す印鑑が押された。
軍事オペレーションを行う上で気象情報は必要不可欠な要素だ。
「気象管制」といわれ、気象に関わる全ての情報は極秘とされた。
天気予報が消えたことで、日常の不便さにとどまらず、命を脅かす事態も起きていた。
台風や大雨のシーズンには防災を大々的に呼びかけられず、多くの人が命を落としたという記録も残っている。
一方で、軍事目的での天気予報技術の開発に各国が力を入れたため戦時中、日本をはじめ世界の予報技術は急発達した。
実際に風船爆弾など、気象条件にもとづく兵器も使用されている。
気象庁や福岡管区気象台に残る記録、気象庁の元予報官の証言などをもとに、天気予報を通して平和について考える。
ナビゲーター:佐藤栄作(アサデス。KBC 気象予報士)
(2025年8月16日放送)
■特設ページ
https://kbc.co.jp/sengo80yrs/

1件のコメント
当時、どうやって台風が近づいてるって分かったんだろ?衛星ないのに