揺れがないのに津波が来た 1万7千キロ先、チリの地震から22時間
1960年5月24日の明け方、日本の太平洋沿岸を大津波が襲いました。
震源は日本から約1万7千キロ離れた南米チリ。観測史上最大、マグニチュード9.5の地震でした。
日本では揺れは感じられず、津波は約22時間かけて太平洋を渡ってきました。途中のハワイでも61人が亡くなっています。
遠くの津波が日本で大きくなった理由の一つは、丸い地球の上で広がった波が、地球を半分近く回ったあたりでふたたび集まること。
もう一つは、海底の地形が波の進む向きを日本の方へ曲げたことです。
岩手県大船渡では、1933年の昭和三陸津波で被害が湾の入口側に集中し、湾の奥は安全な場所とされていました。
ところが、周期40〜80分という長いチリ津波は湾の中で共振し、湾の奥の水位は5メートルを超えました。
大船渡で犠牲になった53人は、全員が湾の奥の人たちでした。
当時の津波予報は日本近海の地震だけが対象で、予報が出たのは津波が来たあとでした。
この津波をきっかけに、遠地津波の予報が始まり、太平洋の津波警報の国際的な仕組みも作られました。
大船渡では1967年に湾口防波堤が完成。2011年の津波で全長にわたって被災しましたが、浸水域の低減や到達時間の遅れなど一定の効果があったとされ、現在は建て直されています。
2010年のチリ地震では、大津波警報が津波到達の3時間以上前に発表されました。
揺れがなくても、津波は来る。
主な出典
・中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会「1960 チリ地震津波 報告書」
・首藤伸夫「1960年チリ地震津波を振り返る」(日本防火・防災協会 2022)
・内閣府 防災情報「1960年(昭和35年)チリ地震津波」
・国土交通省 東北地方整備局 釜石港湾事務所「大船渡港」・震災伝承施設「大船渡港湾口防波堤」
・気象庁「平成22年2月27日のチリ中部沿岸の地震で発表した津波警報の評価」
・国土交通省 四国地方整備局「津波の速さはどれくらい?」
地球画像:NASA Earth Observatory(Blue Marble: Next Generation, Reto Stöckli)
大船渡湾の形状参考:Wikimedia Commons(Anawat Suppasri ほか, CC BY 2.0)
※ 犠牲者数は資料により139人(沖縄を除く)〜142人(沖縄を含む)。到達時間は地点により約22〜23時間です。
※ 地球上の波の高さは見やすくするため誇張しています。実際の外洋の津波は低く、とても長い波です。
※ 映像はイメージです。
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6件のコメント
今では記録は無いが、江戸時代や鎌倉時代でも似た様なステルス津波あったのかな?
1960年のチリ地震津波を覚えている方、ご家族から当時の話を聞いたことがある方はいますか?
揺れのないまま海が上がってきた、その日のことを聞かせていただけたらと思います。
今は各国で連絡をとりあっているのですよね。
ハワイの太平洋津波警報センター、日本からは北西太平洋津波情報・・・国際的な協力は素晴らしいと思います。
理解できない蓮舫
チリ地震津波に対応した、が、東日本大震災には対応できなかった。防災に「十分」と言う言葉は無いという事。
こんばんは、海の水が底が見えるほど引いたら、直ぐに高台へ急いで避難直ぐに津波は、来る、東日本と能登地震を忘れるな