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    津波のあと、村を出ていく人を止めた方法

    和歌山に、できて160年たっても土を盛り足す堤防があります。広村堤防です。広村はラッパ形の湾の奥にある低い村です。言い伝えも合わせると、津波に8回襲われてきました。海辺には15世紀の初めに築かれた波よけの石垣がありました。安政元年の11月5日、地震のあとの津波がその石垣を越えます。村のほぼすべての家が被害を受けました。村にはヤマサ醤油を継いだ濱口梧陵がいました。梧陵は波が来る前に、若者たちに村人を高台へ逃がさせます。夜が明けると、1,400人に炊き出しをします。濱口家は米も400俵配りました。梧陵の助けがあっても、村人のほとんどは村を出ようとしていました。津波は50年から100年ごとに必ず来ると信じていたのです。では、津波を防ぐ大きな堤防を築けばいいのでしょうか。でも堤防を築くには何年もかかります。そのあいだに、村人は村を去ってしまいます。そこで発想を逆転させました。梧陵は、村を出ていく人たちを雇うことにします。家も仕事も失った村人を、堤防づくりの働き手として雇いました。堤防づくりにかかる何年もが、そのまま村の仕事になったのです。賃金はその日のうちに払い、田植えや稲刈りの時期は休みます。石垣の内側に松並木と土の堤防を重ねた、三重の守りです。長さはあべのハルカス2本分の約600m、高さは約5mです。のべ5万6000人あまりが働き、費用のほとんどは梧陵が出しました。こうして村を出ていく人も止まりました。あの地震から92年後、4〜5mの津波が来ます。堤防は村の住むところの大部分を守りました。子どもたちが土を盛る11月5日は、今では「世界津波の日」です。梧陵のリーダーシップが築いた広村堤防は、こうして生まれたのです。

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